
九十九里沖に突如として姿を現した巨大な構造物。海岸からもはっきり見えるその姿に、「あれは何なのか」「海で何をしているのか」「安全性に問題はないのか」と、不安や疑問を感じた住民は少なくない。
山武ジャーナルがこの掘削リグの写真をSNSに投稿したところ、普段の投稿を大きく上回る反響があり、「こんな事業が進んでいるとは知らなかった」「海や漁業への影響が心配だ」「パイプラインはどこを通るのか」といった多数の意見が寄せられた。
そこで山武ジャーナルは2026年8月5日、九十九里町の「海の駅九十九里」駐車場内に開設された「うみとみらい CCSコミュニケーションセンター」を訪れ、首都圏CCS株式会社への取材を行った。
首都圏CCSは、INPEXが85%、関東天然瓦斯開発が15%を出資し、2025年2月に設立された会社だ。
取材は長時間に及び、現在の試掘から、CCSの意義、パイプライン、公的支援、地元への説明まで、幅広いテーマについて話を聞いた。そのため、内容は今後、数回に分けてお伝えする。
第1回となる今回は、九十九里沖の巨大リグで何が行われているのかを紹介するとともに、山武ジャーナルのSNSへ寄せられた住民の素朴な疑問に対し、首都圏CCS側がどのように説明したのかをまとめる。
なお、本稿は首都圏CCS側の説明を紹介するものであり、山武ジャーナルとして事業の安全性や妥当性をするものではない。
今行われているのはCO₂の注入ではなく「試掘」
まず確認しておきたいのは、現在、九十九里沖でCO₂を地下へ注入しているわけではないという点だ。
現在行われているのは、CO₂を安全に貯留できる地層が九十九里沖に存在するかを調べるための「評価井」の掘削、つまり試掘である。
CCSとは、工場などから排出される二酸化炭素を分離・回収し、パイプラインなどで運び、地下深くの地層へ圧入して貯留する仕組みだ。
首都圏CCS事業では、当初、日本製鉄東日本製鉄所君津地区などから回収したCO₂を、房総半島を横断する大容量パイプラインで運び、九十九里沖の海底下約1000~2000メートルの地層に貯留する構想が描かれている。
ただし、本当に九十九里沖が貯留に適した場所なのかは、首都圏CCS社の説明ではあくまで現時点では確定していないという。
CO₂を貯めるためには、内部に細かな隙間がある砂岩などの「貯留層」と、その上を覆い、CO₂が漏れ出すのを防ぐ緻密な泥岩などの「遮蔽層」が必要になる。
過去の地質調査や、房総半島で長年行われてきた天然ガス開発のデータなどから、九十九里沖にはこうした地層が存在すると推定されている。しかし、実際に安全に貯留できるかどうかは、掘って地層を直接確認しなければ分からないという。
今回の試掘では、地下から岩石を柱状の試料として採取し、地層の厚さや性質、CO₂を受け入れる能力、上部の泥岩が十分な遮蔽性能を持つかなどを調べる。
首都圏CCS側は、試掘によって必要な地層が確認できなかったり、安全に貯留できないと判断されたりした場合には、「このプロジェクトはそこで終了する」と説明した。
現在、国から認められているのは試掘までである。試掘結果を踏まえて事業者が事業化を判断し、その後、国へ改めて貯留事業の許可を申請する。したがって、九十九里沖でのCCS操業がすでに正式決定しているわけではなく、将来、事業許可が出るかどうかも現時点では分からないというのが同社の説明だ。
政府やJOGMEC(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構)は「2030年代初頭」のCCS事業開始を掲げているが、首都圏CCS側によれば、これは2030年の操業開始が決まっているという意味ではなく、2030年から2034年ごろまでを含む目標時期だという。
海上の巨大リグ、その正体は
現在、九十九里沖に設置されているのは、ENEOSドリリングが所有する掘削リグである。今回の試掘のために新造されたものではなく、通常は国内外の石油・天然ガス開発などで使用されている。
九十九里沖へ来る前はベトナムにあり、大型船に載せて館山まで運んだ後、館山から九十九里沖まで曳航したという。
海面上に出ている部分の高さは約120メートル。夜間に点滅している光は、高さのある構造物に航空法上必要となる航空障害灯だ。
試掘地点は2カ所ある。
最初の地点「J-1」は九十九里町の沖合約5キロに位置し、海底下約1900~2000メートルまで掘る計画だ。J-1での調査が終わると、リグは沖合約13キロの「J-2」へ移動し、約1600メートルまで掘削する。
両地点での調査が終了すればリグは撤収する。将来のCCS事業で使用する恒久的な設備ではなく、九十九里沖に永続的に設置されるものではない。
約100人が海上で勤務
リグには、掘削を担当する専門技術者など約100人が滞在している。
クルーの多くは外国人で、日本人技術者らが管理に当たっているという。職種によって違いはあるものの、多くは2週間勤務した後、2週間休む交代制を取っている。
人員交代にはヘリコプターを使用する。ヘリは東京・新木場とリグを往復しており、搭乗するクルーは、万一に備えてヘリコプターからの脱出訓練なども受けているという。
資材や廃棄物の輸送は、鹿島港を拠点とする2000トンクラスの船が担う。3隻をチャーターし、ローテーションを組みながら、ほぼ毎日運航している。
このうち1隻はリグ周辺の監視にも使用され、一般船舶が危険区域へ近づかないよう警戒に当たる。さらに、漁業が行われる時間帯には、九十九里漁協へ監視業務を委託し、地元の漁船タイプの監視船も配置しているという。
掘った穴や廃棄物はどうなるのか
掘削では、最初に直径約90センチの穴を掘り、周囲が崩れないよう「ケーシング」と呼ばれる鉄管を入れながら掘り進める。穴は深くなるにつれて細くなり、約1900メートルの深部では直径約18センチになるという。
掘削で発生した土砂や掘りくずは、すべてリグ上へ回収し、船で鹿島港へ運んで産業廃棄物として処理する。海中には投棄しないとしている。
約100人のクルーの生活から出る燃えるごみ、燃えないごみ、し尿も、全量を陸揚げして処理する。一方、シャワーや手洗いなどの生活排水は、固形物を取り除き、水質を確認したうえで海へ放出しているという。
調査を終えた穴は、泥水、セメント、「ブリッジプラグ」と呼ばれる特殊な栓を何層にも重ねて閉塞する。設置した鉄管は海底面から約5メートル下で切断し、セメントで覆ったうえで砂をかける。
首都圏CCS側は、調査後に底引き網漁などを行っても、鉄管へ網が引っかからない状態に復旧すると説明した。
白里地区で聞こえた「ゴー」という音は何か
白里地区の住民からは、「掘削が始まったころから、飛行機が飛んでいるような『ゴー』という音を聞くようになった」との声も寄せられた。
この音について、首都圏CCS側は、人員交代に使用しているヘリコプターの音である可能性を挙げた。
一方、リグ上では、鉄管同士が接触する「カンカン」という音や発電機の音などが発生するものの、防音措置を取っており、沖合約5キロのリグから陸上まで作業音が届くとは考えにくいと説明した。
ただし、住民が聞いた音の発生源が特定されたわけではない。
同社によると、掘削作業が始まる前から陸上側に騒音や振動を測る機器を設置し、継続的に計測しているという。騒音や振動を心配する声が寄せられた場合には、作業開始前と開始後の数値を比較できるとしている。
海や漁業への影響はないのか
首都圏CCS側は、現在行っているのはCO₂の注入ではなく、一時的な地質調査であることを強調した。
掘削土砂を海へ捨てず、調査後は穴を閉塞し、漁業に支障が出ない状態へ復旧することで、海や漁業への影響を抑えるとしている。
ただし、今回の取材で確認できたのは、主に現在の試掘に伴う廃棄物処理と原状復旧についての説明である。将来、実際にCO₂を圧入した場合の海洋環境や漁業への長期的な影響が確認されたわけではない。
その安全性を判断するためにも、現在の試掘によって地層を詳しく調べる必要がある、というのが首都圏CCS側の立場だ。
パイプラインのルートはまだ決まっていない
将来、事業化される場合には、君津方面で回収したCO₂を、約80キロのパイプラインで九十九里側まで運ぶ構想がある。
しかし、首都圏CCS側は、具体的なルートは「まだ全く決まっていない」と説明した。
基本的には道路の地下約1.2メートルに埋設することを想定しているが、既存の水道管やガス管などがある場所では、そのまま埋設できない。交通量が多く、道路を掘ることで大きな渋滞が予想される場所もある。
こうした場所では、地下に小規模なトンネルを掘るシールド工法を使い、地下約20メートルなど、より深い位置を通す案を検討しているという。
現在は道路台帳を確認し、必要に応じて試掘や交通量調査、地盤のボーリング調査を行い、本当に敷設できるルートがあるのかを調べている段階だ。
使用を想定するパイプは、直径約70センチ、厚さ約1~2センチの鋼管。首都圏CCS側は、靱性が高く、押す力や引っ張る力に対して破断しにくい鋼管を使用し、INPEXが天然ガスパイプラインの運用で培った知見を活用すると説明した。
また、操業後は24時間の監視体制を取り、沿線に遮断バルブを設け、異常時には区間ごとにCO₂を遮断できる仕組みを検討しているという。
ただし、パイプラインの詳細設計も現在進められている段階であり、ルートや設備仕様が最終決定したわけではない。
なぜ東京湾側へ埋めないのか
住民から多く寄せられたのが、「CO₂を出す君津の近く、東京湾側へ埋めればよいのではないか」という疑問だ。
首都圏CCS側も、排出源のすぐ近くへ貯留できれば、長大なパイプラインを造る必要がなく、最も安く合理的だと考え、当初は東京湾側も比較検討したという。過去には、君津製鉄所の近くの海底でも試掘が行われている。
しかし、同社の説明によると、東京湾側では貯留に利用できる地層が浅すぎるという。
CO₂を地下で高密度の「超臨界状態」に保つには、一定以上の温度と圧力が必要になる。また、CO₂を閉じ込める泥岩の遮蔽層にも、その圧力を支えられる強度が求められる。この地域では、海底下1000メートルより深い地層が必要になるとしている。
さらに、東京湾側は砂岩質の地層が多く、CO₂を閉じ込めるフタとなる泥岩層が薄い、または部分的であるのに対し、かつて深海だった九十九里側には、緻密な泥岩層が厚く堆積していると説明した。
十分な深さと遮蔽層の両方が期待できる場所を比較した結果、九十九里沖が調査対象になったという。ただし、それが推定どおりであるかを確かめるのが、まさに現在の試掘である。
地元にどのようなメリットがあるのか
巨大事業を受け入れることで、地元に雇用や経済的なメリットが生まれるのか。この点も住民にとって大きな関心事だ。
首都圏CCS側は、事業者から「あれを造る」「これだけお金を出す」と一方的に提示すれば、金銭で住民を納得させようとしていると受け止められかねないため、現段階で具体的な利益を前面に出すことには慎重な姿勢を示した。
一方で、将来施設が稼働すれば、従業員や工事関係者が地域を訪れ、周辺の宿泊施設や店舗を利用することによる人流の増加や、設備に伴う固定資産税などは考えられると説明した。
ただし、具体的な雇用人数、地域での発注額、宿泊需要、税収額などの試算は、今回の取材では示されなかった。
同社は、事業者が一方的にメリットを決めるのではなく、今後、町や地域住民との対話を通じ、地域と何ができるのかを考えていきたいとしている。
地下にCO₂を埋めたら、その後はどうなるのか
CCSが実際に始まった場合、地下へ入れたCO₂は、圧入して終わりではない。
首都圏CCS側の説明によると、圧入中は地下のCO₂の広がりや圧力などを監視し、圧入終了後も、事業者が最低10年間はモニタリングを続ける計画だという。
ただし、10年が経過すれば自動的に監視を終了するわけではなく、地下のCO₂が安定したと判断できることが前提になるとしている。
何をもって「安定した」と判断するのか、その後の監視を誰が担うのかといった具体的な基準については、現在、国がガイドラインを検討している段階だという。
地下へ長期間貯留するCO₂に対し、事業者による監視期間として示された「最低10年間」を十分と見るか、短いと見るか。さらに、将来、漏出などの異常が発生した場合の原状回復や賠償の責任を誰が負うのかについては、今回の取材だけでは明確にならなかった。
なぜ事業化前から巨額の公費を投入するのか
首都圏CCS事業は、JOGMECの「先進的CCS事業」として国の支援を受けている。
まだ事業化できるかも分からない段階で、なぜ巨額の公費を投じて調査や設計を行うのか。新たな利権をつくるための事業ではないのか。そうした疑問も住民から寄せられている。
首都圏CCS側は、現時点ではCO₂を処理する市場も、輸送や貯留のインフラも存在せず、民間企業だけで巨額の先行投資を行うにはリスクが高すぎると説明した。
そこで国が初期の調査や設計を支援し、まずCCSの市場とインフラを立ち上げ、将来は排出事業者からCO₂の処理料金を受け取る民間ビジネスとして自立させる構想だという。
支援の原資については、一般会計ではなく国が発行する「GX経済移行債」であり、将来、化石燃料を使用する事業者などから徴収する炭素賦課金や、発電事業者からの負担金によって償還する仕組みだと説明した。
ただし、企業が負担する炭素賦課金などが、最終的に電気、鉄鋼、自動車、生活用品などの価格へ転嫁されれば、実質的には国民や消費者が負担することになるのではないか。
この点についてINPEX側の担当者は、製品価格などへ転嫁され、消費者の負担が増える可能性があることを認めた。そのうえで、温暖化対策の追加負担を避けて従来の生活を続けるのか、将来の気候変動による被害を抑えるため、現在の追加負担を受け入れるのかという社会的な選択だとの考えを示した。
「ほとんどの住民は知らなかった」
今回、住民から特に多く寄せられたのが、「説明会を開いたというが、こんな大事業が進んでいることを知らなかった」という声だ。
首都圏CCS側は、自治体と協力し、回覧板や行政広報などを通じて説明会を周知してきたとする一方、その方法で十分に情報を届けられなかったことについて「反省がある」と認めた。
自治会への加入率が低下し、回覧板が届かない世帯も多い。広報紙へ一度掲載されても、日々仕事や子育てに追われる住民が気づくとは限らない。
海に巨大なリグが現れて初めて、自分たちの身近でこれほど大きな事業が動いていることを知った人が多かったのが実情だ。
首都圏CCS側は、現在は関心が高まっているからこそ、試掘の結果、パイプラインの具体的な計画、安全対策などについて、今後、分かりやすい説明会を重ね、住民との対話を続けていきたいと述べた。
直接話し合うための「海と未来」
「海と未来 CCSコミュニケーションセンター」は、首都圏CCS側から一方的に情報を発信するだけでなく、地域住民が疑問や不安を直接伝え、対話するための場所として開設された。
SNS上では、事実と未確認情報、事業への賛否、政治的な主張が入り交じる。強い言葉だけが広がり、冷静な話し合いが難しくなることもある。
首都圏CCS側は、ネット上の情報だけで判断するのではなく、ぜひ施設へ足を運び、展示を見たうえで、疑問や懸念を担当者へ直接ぶつけてほしいと呼びかけている。
山武ジャーナルとしても、首都圏CCS側の説明をそのまま正しいと評価するつもりはない。一方で、根拠の確認できない情報を基に賛否の判断をするべきではないとも考えている。
まず何が計画され、現在どの段階にあり、事業者がどのように説明しているのかを知る。そのうえで、説明の妥当性や、事業の必要性、費用、安全性、地域の将来について考える必要がある。
我々九十九里沿岸住民にとっては、ある日水平線上に降って湧いた巨大な人工物だが、単に事業の賛否だけではなく、地球環境やエネルギー問題など、一人ひとりが真剣に考えるきっかけとして、今後大いに議論していくべき問題ではないだろうか。
次回以降は、そもそもCCSが温暖化対策としてどれほどの意味を持つのか、回収・輸送・圧入に必要なエネルギーを含めて本当にCO₂を削減できるのかを取り上げる。さらに、首都圏CCSやINPEXの株主構成、国とJOGMECの関係、公的支援の原資、事業化後の収益構造などを整理し、この巨大事業を「誰が、どのようなお金で動かしているのか」を検証する。
うみとみらい CCSコミュニケーションセンター
所在地:海の駅九十九里 第二駐車場横
開館時間:午前10時~午後4時
休館日:火・水曜日・年末年始
入館:予約なしで見学可能


