
前回の記事では、経済産業省とJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)が進めている「先進的CCS事業」について紹介した。
CCSとは、工場や発電所などから排出される二酸化炭素を回収し、地下深くに貯留する技術だ。
では、そもそも何のためにCCSを行うのか。
JOGMECは、先進的CCS事業について「2050年のカーボンニュートラルの実現に向けたCCSの展開に寄与する」事業だと説明している。
また、JOGMECの一般向け解説では、CCSについて「大気中に放出されるCO2を大幅に削減」する技術と説明し、「カーボンニュートラルの達成に不可欠な技術」と位置づけている。
つまり、少なくとも政府やJOGMECの説明に従えば、CCSを進める大きな目的の一つは、二酸化炭素の排出を減らし、カーボンニュートラルを実現することにある。
しかし、本当にそうなのだろうか。
JOGMECの「先進的CCS事業」では現在、国内外で9つの案件が進められている。
今回はそれらが「本当に地球全体の二酸化炭素を減らすために合理的な事業なのか」という視点から検証してみたい。
日本の二酸化炭素をマレーシアまで運ぶ
9つの「先進的CCS事業」のうち、4案件は海外での貯留を想定している。

JOGMECウェブサイトより引用
日本で回収した二酸化炭素を船に積み、数千キロ離れた海外まで運んで地下に埋めるという計画そのうち3案件の貯留先がマレーシアだ。
日本で回収した二酸化炭素を船に積み、数千キロ離れた海外まで運んで地下に埋めるという計画そのうち3案件の貯留先がマレーシアだ。
日本国内の製鉄所、発電所、製油所、化学工場、セメント工場などから二酸化炭素を回収し、液化したうえで専用船に積み、マレーシアまで運ぶ。
案件によって違いはあるが、日本からマレーシアまでの海上輸送距離は、おおむね片道4000~5500キロ程度になる。
日本で出た二酸化炭素を回収する。
液化する。
港まで運んでタンクに貯蔵する。
専用船に積む。
数千キロの海を渡る。
マレーシアで荷揚げする。
パイプラインで運ぶ。
そして海底下へ圧入する。
そこまでして日本の二酸化炭素をマレーシアまで運ぶ必要が、本当にあるのだろうか。
仮に、マレーシアには日本より大規模な貯留場所があるとしよう。
しかし、二酸化炭素を地下に埋める目的が地球温暖化の防止だとすれば、ここで素朴な疑問が浮かぶ。
それだけの手間と時間とコストをかけるよりも、マレーシアで発生した二酸化炭素を、現地で回収して地下に埋めた方が、地球全体の二酸化炭素を減らす方法としては合理的ではないか。
日本の二酸化炭素を1トン埋めても、マレーシアの二酸化炭素を1トン埋めても、地球全体から見れば減る量は同じ1トンだ。
それなら、より短い距離で、より少ないエネルギーと費用で埋められる二酸化炭素を優先した方がよいのではないか。
筆者は初めてこの計画を知った時、「狂気」だと思った。
そこで今回は、筆者が直感的に感じた「狂気」にも見えるこの計画を、できるだけ数字客観的に考えてみることにする。
100万トン埋めても、100万トン減るわけではない
まず確認しておかなければならないことがある。
地下に100万トンの二酸化炭素を貯留したからといって、地球全体の二酸化炭素排出量が100万トン減るわけではない。
CCSそのものがエネルギーを消費するからだ。
工場の排ガスなどから二酸化炭素を分離・回収するにもエネルギーが必要になる。
回収した二酸化炭素を圧縮するにも電力が必要だ。
さらに海外へ船で運ぶ場合には、液化、低温での貯蔵、積み込み、船舶輸送、荷揚げ、現地での状態調整などの工程が加わる。
当然、そのために使われる電力や燃料からも二酸化炭素が排出される。
そこで、公開されている国内外の研究資料を基に、同じ条件を置いて比較してみた。
その結果、100万トンの二酸化炭素を地下に貯留した場合、工程中の排出まで差し引いた「ネットの削減量」は、国内の近接した貯留地へ運ぶケースでは約80万トン、日本からマレーシアまで船舶輸送するケースでは約72万トンという試算になった。
ただしあくまで試算なので、使用する電力の発電方法、二酸化炭素の濃度、回収方法、輸送距離、船舶の燃料などの条件が変われば結果も変わる可能性はある。
二酸化炭素を1トン減らすのに、いくらかかるのか
地球温暖化対策として考えるなら、「何トン地下に埋めたか」だけではなく、実際に二酸化炭素を1トン減らすために、いくらかかるのかという視点も重要だ。
そこで、経済産業省、資源エネルギー庁、JOGMEC、IEA、IEAGHGなどが公表している既往のコスト資料を参考に、年間100万トンを30年間貯留するという共通条件を置いて試算したところ、国内の近接した貯留地へパイプラインで運ぶケースでは、二酸化炭素を差し引きで1トン削減するためのコストは約2万円。
一方、日本からマレーシアまで約5000キロを船舶輸送するケースでは、約3.2万円となった。

同じ300億円なら、100万トンか150万トンか
話を分かりやすくするため、国内近接型を1トン2万円、海外船舶型を1トン3万円として考えてみよう。
300億円を使った場合、海外船舶型でネット削減できる二酸化炭素は約100万トンとなる。
一方、同じ300億円を近接した排出源と貯留地をパイプラインで結ぶCCSに使えば、約150万トンを削減できる計算になる。
つまり、同じ100万トンを減らすなら、近接型の方が安い。
逆に、同じ金を使うなら、近接型では約1.5倍の二酸化炭素を減らせる可能性がある。
同じコストで1.5倍の二酸化炭素を減らせるなら、日本から5000キロ船で運ぶより、現地のマレーシアの二酸化炭素を回収した方がより地球環境のためになるはずだ。

マレーシアには大口の二酸化炭素排出源がないのか
では、マレーシアにはまとめて回収して地下に埋められるような二酸化炭素排出源は存在しないのか。
マレーシアの二酸化炭素排出量は年間3億トン前後。世界ランキングでも常に20位前後に位置している二酸化炭素排出大国の一つだ。
しかも、実際にCCSの対象になり得る大規模な固定排出源も存在している。
サラワク州沖のカサワリCCSでは、高濃度の二酸化炭素を含む天然ガスから二酸化炭素を分離し、年間約330万トン規模の二酸化炭素を地下に貯留することが計画されている。
ほかにもケルテには大規模な天然ガス処理施設や石油化学産業が集積し、クアンタン周辺にも化学工場などの大規模排出源が存在する。
もちろん、排出源と貯留地が必ずしも隣接しているとは限らないが、少なくとも5000キロ離れた日本から船に乗せて運ぶよりは、はるかに低コストになるのは間違いないだろう。
CCSの目的とは何なのか
ここで改めて、そもそもJOGMECは何のために「先進的CCS事業」を進めているのか確認してみよう。
JOGMECは、先進的CCS事業について「2050年のカーボンニュートラルの実現に向けたCCSの展開に寄与する」ことを目的としていると説明している。
つまり、JOGMEC自身が掲げている目的の一つは「カーボンニュートラルの実現」である。
では、カーボンニュートラルとは何なのか。
環境省のウェブサイトの「カーボンニュートラルとは」という解説の中で、「なぜカーボンニュートラルを目指すのか」という問いに対し、「気候危機を回避」するためと説明している。
同じページでは、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて1.5℃に抑えるためには、2050年前後までに世界の二酸化炭素排出量を実質ゼロにする必要があるとしている。
つまり、JOGMECがカーボンニュートラル実現のためにCCS事業を行う目的は、気候危機を回避するためということになる。
では、JOGMECが「先進的CCS事業」として進めている、日本で排出された二酸化炭素を液化し、専用船に積み、5000キロ離れたマレーシアまで運んで地下に貯留するという事業は、本当にその目的にかなったものなのだろうか。
地球全体の二酸化炭素を減らし、気候危機を回避することが目的なら、日本の二酸化炭素を5000キロ運ぶことに何の意味があると言うのだろうか。
重要なのは、限られた費用とエネルギーで、地球全体の二酸化炭素をどれだけ減らせるかではないのか。
現在JOGMECが採択して進められている9件の事業のうち、4件が船舶輸送方式による海外でのCCS事業だ。
「気候危機を回避するために、できるだけ効率よく地球全体の二酸化炭素を減らす」という物差しで考えると、まさに狂気の沙汰としか言いようがない。
では、全て国内で完結する首都圏CCS事業なら問題がないのかと言えば、決してそうではない。
次回は、現在九十九里沖で進められている首都圏CCS事業について検証していく。
