なぜ「君津-九十九里ルート」なのか──シリーズ「CCSは地球を救うのか?」④

前回は、首都圏CCSの貯留地がなぜ九十九里沖なのかを考えた。

太平洋岸にも、二酸化炭素の大排出源である鹿島臨海工業地帯がある。

同じ太平洋側の海底に二酸化炭素を貯留するなら、沿岸で回収すれば長大なパイプラインで東京湾側から移送する必要はない。

鹿島臨海工業地帯には日本製鉄東日本製鉄所鹿島地区をはじめとする巨大な二酸化炭素排出源が集積している。その沖合にある鹿島沖は、過去に国の二酸化炭素貯留適地調査の対象にもなっていた。

試掘調査を実施するなら、九十九里沖より鹿島沖の方が先ではないのか?

今回はその先を考えてみたい。

仮に調査の結果、鹿島沖には十分な貯留能力がない。あるいは他の要因でCCSに不適だということが確定し、九十九里沖の方が適していたとしよう。

それなら、現在の首都圏CCSの計画は合理的なのだろうか。

ここにもう一つ、素朴な疑問が生まれる。

なぜ、パイプラインは君津から九十九里のルートなのだろうか。

君津-九十九里間の80キロのパイプライン

現在の首都圏CCSでは、日本製鉄東日本製鉄所君津地区で排出される二酸化炭素を回収し、パイプラインで房総半島を横断して九十九里沖へ運び、海底下に貯留する計画が進められている。

最初の段階では、年間約120万トンの二酸化炭素を輸送・貯留する計画だ。

経済産業省やJOGMECが公表している資料では、首都圏CCSの排出源は、

「日本製鉄東日本製鉄所君津地区及び京葉臨海工業地帯の複数産業」

とされている。

さらに、将来的には年間約500万トンまで輸送・貯留量を拡大する構想が示されている。

それならば、現在首都圏CCS株式会社が示している君津-九十九里間のパイプラインは、将来、京葉臨海工業地帯の複数の排出源から年間500万トン規模の二酸化炭素を集めることまで考えたとき、本当に合理的なルートなのだろうか。

まず、その京葉臨海工業地帯では、どこで、どれだけの二酸化炭素が排出されているのかを見てみよう。

京葉臨海工業地帯の排出源は君津だけではない

では、京葉臨海工業地帯では、実際にどこから二酸化炭素が排出されているのだろうか。

温対法に基づいて公表された事業所別の排出量を見ると、最大の排出源は日本製鉄東日本製鉄所君津地区で、年間約1400万トンにのぼる。

しかし、巨大排出源は君津だけではない。

京葉臨海工業地帯の北側、千葉市にはJFEスチール東日本製鉄所千葉地区があり、年間約600万トンを排出している。

そして、その二つの巨大製鉄所の間に位置する市原市周辺には、石油精製、石油化学、化学などの大規模事業所が集中している。

主な排出源を並べると、おおよそ次のようになる。

主な事業所所在地年間二酸化炭素排出量の目安
日本製鉄 東日本製鉄所 君津地区君津市約1460万トン
JFEスチール 東日本製鉄所 千葉地区千葉市約630万トン
出光興産 千葉事業所市原市約210万トン
丸善石油化学 千葉工場市原市約200万トン
コスモ石油 千葉製油所市原市約180万トン
富士石油 袖ケ浦製油所袖ケ浦市約130万トン
三井化学 市原工場市原市約110万トン

これら以外にも多数の排出事業所があり、千葉市、市原市、袖ケ浦市、木更津市、君津市、富津市の京葉臨海6市を合わせると、年間の二酸化炭素排出量は約3800万トンに達する。

これを地図に落としてみると、興味深いことが見えてくる。

日本製鉄君津地区は京葉臨海工業地帯の南側にある。

約600万トンを排出するJFEスチール千葉地区は北側にある。

そして、その中間にある市原市周辺には、年間100万~200万トン級の排出源がいくつも集中している。

一方、二酸化炭素を貯留しようとしている九十九里沖は、その東側にある。

では、この排出源の分布を前提として九十九里沖までパイプラインを引くとしたら、なぜその起点は君津なのだろうか。

首都圏CCSの目的が、経済産業省やJOGMECが示しているように、

「日本製鉄東日本製鉄所君津地区及び京葉臨海工業地帯の複数産業」

から二酸化炭素を回収し、将来は年間約500万トンまで拡大することであるなら、パイプラインはまず九十九里に近い市原の排出源クラスターに向けた方が合理的ではないだろうか。

市原なら当初の貯留目標である120万トンであれば単独で賄える可能性のある事業所が複数あり、最終的な目標である500万トンでも2〜3の事業所で賄える可能性がある。

九十九里から市原までの直線距離は約35キロ。

一直線で結ぶことは現実的ではないが、それでも45キロ〜50キロ程度の基幹パイプラインで京葉工業地域と九十九里を結べる可能性がある。

80キロと50キロ。30キロ差でコストはどうなる?

では、市原-九十九里のパイプラインが50キロとして、80キロの君津-九十九里30キロ短くなると、建設費はどのくらい変わるのだろうか。

パイプラインの建設費は、道路や河川、鉄道との交差、地形、地質、用地、工法などによって大きく変わるため、「1キロいくら」と単純に計算することはできない。

ただし、比較するための参考になる数字を、国自身が示している。

資源エネルギー庁が発電コストを検証するために作成したCCSの試算では、年間300万トンの二酸化炭素を200キロ輸送するパイプラインを想定している。

パイプラインの直径は0.55メートル。入口圧力12.5MPa、出口圧力11.5MPaという条件で、パイプライン本体の建設費は約1027億円と試算されている。

200キロで1027億円だから、単純に距離で割れば、

1キロ当たり約5.1億円

となる。

ここからは、実際の首都圏CCSの建設費を予測するのではなく、この国の試算で使われた単価を、二つのルートに同じ条件で機械的に当てはめて比較してみる。

現在計画されている君津-九十九里間のパイプラインを約80キロとすると、

約5.1億円 × 80キロ = 約410億円

一方、市原-九十九里間を約50キロとすると、

約5.1億円 × 50キロ = 約260億円

その差は、約150億円。

貯留地となる九十九里町の一般会計予算約70億円の2年間分を上回る金額だ。

君津まで延長するとどうなるか

では、最終的に君津の日本製鉄までパイプラインを伸ばした場合はどうか。

市原から君津までの直線距離は約25キロ。

実際にパイプラインを引いた場合距離を、仮に35キロから40キロと考えた時、前述の市原-九十九里ルートの50キロと合わせて90キロのパイプラインを建設するとなれば、現在の君津-九十九里ルートより総延長は10キロ長くなる。

しかし、その延長分の40キロが内陸部と大きく異なるのは、京葉工業地域そのものが元々大規模な工業地域として作られた埋立地であることだ。

市原から君津にかけての東京湾岸には、国道16号をはじめとする既存の交通・産業インフラが連続している。国土交通省の2006年度資料には、国道16号について延長45.65キロの「共同溝」が将来計画として記載されていた。共同溝とは、ガス、上下水道、電気、通信などのライフラインを地下にまとめて収容するための施設である。

もちろん、直ちにこの共同溝に二酸化炭素パイプラインを収容できるという意味ではない。

しかし、山間部を横断する場合には、地形によってトンネルやシールド工法など高コストな工事が必要になる可能性がある一方、臨海工業地帯では、既存道路などの線状インフラに沿った敷設、地上配管、既存の企業間パイプラインやその用地・ルートの活用など、複数の選択肢を検討できる可能性がある。

つまり、「君津まで支線を延ばせば、その分だけ現在の計画より高くなる」と単純に距離だけで比較することもできない。

内陸部を30キロ横断するパイプラインと、既存の交通・産業インフラが集積する臨海工業地域を40キロ通るパイプラインでは、必要となる工法も建設条件も違う。距離は長くても、後者の方が低コストで建設できる可能性もある。

コストだけではない30キロ短縮の意味

今年、令和8年は千葉県にとって大きな厄災の年となった。

8月13日から14日にかけて発生した線状降水帯による記録的な豪雨。9月に入って台風25号を含む2回の豪雨により、千葉県は広範囲で甚大な被害を受けた。

本稿は台風25号から1週間後に執筆しているが、今日現在でも道路や鉄道網が分断され、5000件以上で停電が続いている。

公益財団法人日本道路交通情報サービスウェブサイトより

そしてこれが、首都圏CCS株式会社が示すパイプラインの概要図だ。

令和6年度「先進的CCS事業の実施に係る調査」 首都圏CCS事業の成果報告より引用

今回の豪雨による主な通行止めの原因は、土砂崩れ、倒木、道路の崩落、冠水などだった。

これらは道路だけの問題ではない。

地盤の移動や崩落は、地下に埋設されたパイプラインにも外力を加える可能性がある。そして二酸化炭素パイプラインの場合、もう一つ考えておかなければならない問題がある。

二酸化炭素は空気より重い。

万一パイプラインが破断して大量の二酸化炭素が漏洩した場合、地形や気象条件によっては低地や窪地に高濃度の二酸化炭素が滞留する可能性がある。

今回冠水した場所の多くは、少なくとも水が集まりやすい地形である。そうした場所が、二酸化炭素漏洩時にも滞留しやすい地形になっていないかは、パイプラインのルートを決める際に当然検討すべきリスクだろう。

しかも今回の豪雨では、冠水したのは平野部だけではなかった。内陸の山間部でも局地的な冠水はかなりの場所で発生している。

内陸部のパイプラインが30キロ短ければ、単にコスト削減だけでなく、それだけ事故発生リスクも少なくなる。

二酸化炭素には名前が書いてあるのか?

このシリーズでは、3回に渡り「先進的CCS事業」が地球の二酸化炭素を削減するため、本当に合理的なものなのかについて考えてきた。

日本で発生した二酸化炭素を船で海外に運ぶ。

東京湾で発生した二酸化炭素を長大なパイプラインで九十九里まで運ぶ。

CCSを行うためにはコストもかかるし、エネルギーも必要だ。

地球全体の二酸化炭素を減らすのが目的なら、なぜ同じコストとエネルギーで、より多くの二酸化炭素を削減できる手段を選択しないのか。

二酸化炭素は目に見えない。

名前が書いてある訳でもないし国籍もない──はずだ。

では、なぜ彼らはこのような狂気の沙汰とも思えるCCS事業に、こぞって取り組もうとしているのか。

次回以降は、「政策としてのカーボンニュートラル」にスポットを当て、なぜこのような選択がされるのか、その行動原理を一つずつ紐解いていく。

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