
首都圏CCS株式会社(MCCS)が、公式ホームページに掲載していた環境社会影響評価に関する説明を修正した。

修正前(首都圏CCS株式会社ウェブサイトより)

修正後(首都圏CCS株式会社ウェブサイトより)
これまで同社は、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が定める国際基準に「準じて」環境社会影響評価を実施していると説明していた。ところが、山武ジャーナルがその具体的な内容について問い合わせをした結果、10月14日付の回答で説明を改め、その後、公式ホームページの記述も書き換えられた。
「国際基準に準じる」から「国際基準を参考に」へ。
一見すると些細な表現の変更だが、その意味は小さくない。
MCCSは「IFC」という国際機関の名前を掲げて自社の環境社会影響評価の信頼性を訴えてきた。しかし、具体的な内容を確認すると、実際には国際基準を参考に策定した独自基準だったというのである。
今回の修正をきっかけに、首都圏CCS事業をめぐる、より根本的な問題が見えてきた。
MCCSとINPEXは、事業への信頼を得るための宣伝には熱心だ。しかし、それが信頼に値するか住民が検証するための情報は、十分に公開していない。
国際基準と横文字で「箔」をつける
MCCSは、公式ホームページのFAQで、IFCの国際基準に準じて環境社会影響評価のガイドラインを定め、自主的に評価を実施していると説明していた。
IFCとは世界銀行グループに属する国際金融機関で、そのパフォーマンススタンダードは、環境・社会リスクの評価や管理、地域社会との協議、情報開示などについて定めた国際的な基準である。
その様な国際機関の名前を持ち出せば、専門知識のない住民は、国際的に認められた基準に沿って環境への影響が評価されていると受け取るだろう。
ところが、山武ジャーナルが具体的な評価基準や調査内容を問い合わせたところ、MCCSは10月14日付の回答で、IFCの基準などを参考に独自の基準を策定していると説明した。
そして、その後公式FAQでは、「国際基準に準じ」という表現が削除され、「国際的な基準等を参考に」という説明に変更されていた。
「国際基準に準じた評価を実施している」という説明と、国際基準を参考に「独自の評価基準を策定した」という説明では、その信頼性に対する印象は大きく異なる。
そもそも、独自の評価基準であるなら、最初からそう説明すればよかったはずだ。
なぜ、わざわざIFCという国際機関の名前を持ち出し、「国際基準に準じて」という表現を使ったのか。
IFCの名前には、国際的な権威と信頼性がある。その名前を掲げることによって、自社の環境社会影響評価にも国際的なお墨付きがあるかのような印象を与える効果が期待できる。
しかし実態は、それを参考にした「独自基準」だった。
国際機関の権威を借りて自社の説明に箔をつける。しかし、その根拠を問われると、説明を後退させる。
そして、修正後のFAQには、新たに「HSE基準」という言葉が登場する。
HSEとは、健康(Health)、安全(Safety)、環境(Environment)の頭文字を取ったもので、石油・天然ガス業界などで広く使われている用語だ。
つまり、MCCSが説明しているのは、INPEXグループが独自に定めた健康・安全・環境に関する管理基準に基づいて、環境社会影響評価を実施しているということだ。
それなら、最初からそう書けばいい。
「IFCの国際基準に準じる」という説明を「国際基準を参考に」に改めたかと思えば、今度は「HSE基準」という横文字を持ち出す。
専門用語を並べれば、何やら高度な基準に従っているような印象を与えられる。しかし、HSEという名称自体が評価の水準や信頼性を保証するわけではない。
住民に説明するためのFAQであるなら、必要なのは専門用語による権威づけではなく、その基準が具体的に何を定め、どのような評価が行われたのかという説明だ。
難解な横文字で説明に箔をつける一方、肝心の評価内容は示さない。これでは、住民に理解してもらうための説明というより、専門用語で信頼性を演出するための広報ではないか。
しかも、修正後のFAQでもIFCの名前は残されている。
MCCSは国際基準との関係について説明を後退させながら、国際機関の権威を借りた説明そのものは続けているのである。
評価報告書は存在する。しかし公開されない
今回の取材で明らかになったことは、FAQの修正だけではない。
MCCSは山武ジャーナルへの回答で、「環境社会影響評価報告書」と「環境管理計画(モニタリング計画を含む)」の存在を明らかにした。
これは重要な事実だ。
首都圏CCS事業は、法令に基づく環境影響評価の対象とはされていない。その代わりに、事業者が自主的な環境社会影響評価を実施しているという説明である。
ならば、その評価がどのような調査に基づき、何を評価し、どのような結論に達したのかを確認できなければ、住民は安全性を判断できない。
ところが、MCCSは評価報告書や環境管理計画の公開について、関係先の許諾などが必要として、明確な方針を示していない。
国際基準の名前はホームページで大々的に掲げる。その一方で、評価の中身を示す資料については公開の見通しすら明らかにしない。
これでは本末転倒だ。
そもそもIFCのパフォーマンススタンダードでは、環境・社会リスクの評価だけでなく、影響を受ける地域社会への情報開示や協議も重視されている。
国際基準の名前を持ち出すのであれば、評価の手続きだけでなく、情報公開に対する姿勢も問われて当然だ。
住民が求めているのは「国際基準を参考にしています」という宣伝文句ではない。その評価が信頼に値するかどうかを判断できる資料である。
豪雨被害のさなかに流された企業プロパガンダ
MCCSや、その主要株主であるINPEXは、首都圏CCS事業の広報活動に力を入れている。
MCCSは地域向け広報紙「うみとみらい通信」を発行し、事業の必要性や安全対策を説明している。
INPEXも、日本経済新聞の広告企画「INPEXの描く未来」で、首都圏CCS事業に携わる社員たちを紹介する記事広告を掲載した。
その内容は、事業に取り組む社員たちの使命感や将来への希望を前面に押し出した、典型的な企業プロパガンダである。
企業が広告費を使い、自社の事業を宣伝すること自体は自由だ。
しかし、この広告が掲載された時期を考えると、筆者は強い憤りを覚えざるを得なかった。
当時、房総半島では相次ぐ豪雨によって甚大な被害が発生していた。
二酸化炭素輸送パイプラインの計画ルートとなる地域でも、道路の寸断や農地の冠水、停電などが相次いでいた。
筆者は実際に計画ルートの沿線を車で走り、被害状況を確認した。
道路が通行不能になり、農地は水に浸かり、住民が復旧作業に追われていた。
そうした光景を目にした直後に読んだのが、INPEXの社員たちが首都圏CCS事業への希望や使命感を語る記事広告だった。
事業者が描く明るい未来と、地域住民が直面している現実。
パイプラインの計画ルートとなる地域で、現実に道路が寸断され、広範囲が冠水している。
その状況を目の当たりにして、事業者は何を考えたのだろうか。
INPEXの若手社員たちの笑顔と、被害を受けた人々の悲壮感漂う表情。
その落差はあまりにも大きかった。
このような災害が発生したとき、パイプラインの安全性はどのように確保されるのか。地盤の変状や道路の損壊、冠水によって、どのような影響が生じるのか。事故が発生した場合、どのような対応が可能なのか。
地域住民が知りたいのは、そうした具体的な問題だ。
ところが、INPEXが広告費を投じて発信したのは、社員たちの使命感や事業の明るい未来を語る企業プロパガンダだった。
住民が直面する現実と、企業が宣伝したい物語との間には、埋めがたい隔たりがある。
九十九里沖の断層は、どこまで調査されているのか
情報公開の問題は、環境社会影響評価だけにとどまらない。
首都圏CCS事業は、海底下の地層に大量の二酸化炭素を圧入する計画だ。当然、圧入に伴う地下の圧力変化や断層への影響、地震のリスクについても、十分な調査と評価が求められる。
そこで山武ジャーナルは、九十九里沖で過去に実施された地質調査について調べた。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)に問い合わせたところ、首都圏CCS事業の対象海域における反射法地震探査の実績はないとの正式な回答があった。
一方、産業技術総合研究所(産総研)は、2014年に房総半島東部沿岸で反射法音波探査を実施している。
その成果をまとめた2015年の報告書『房総半島東部沿岸における反射法音波探査結果概要』では、九十九里沖の地層に褶曲構造や断層が存在することが報告されている。
さらに、報告書には次のような記述がある。
九十九里沖B層に観察される褶曲構造や断層の延長方向や規模については未だ全容を把握できていないため,それらに関連した地史の解明とともに今後の課題である.
少なくとも2015年の時点では、九十九里沖で確認された断層の延長方向や規模について、十分に解明されていなかったということだ。
産総研の調査は比較的浅い海底下の地質構造を対象としたもので、CCSの深部貯留層を直接評価したものではない。
では、事業者はどのような調査によって深部の地質構造を把握し、安全性を評価したのか。
その根拠となる資料は、地域住民に示されているのだろうか。
公的資金による調査成果を、住民は利用できない
調査を進める中で、山武ジャーナルは、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が2017年に「外房沖北部3D」という三次元物理探査を実施していたことを確認した。
三次元物理探査は、地下の地質構造を立体的に把握するための重要な調査手法だ。
そこで山武ジャーナルは、JOGMECに調査成果の提供を求めた。
しかし、返ってきた回答は、資料の利用対象者を限定しているというものだった。
JOGMECによれば、この資料は国の国内石油・天然ガス基礎調査事業の成果物であり、利用できるのは石油・天然ガスの探鉱開発に取り組む国内企業、CCS事業者、国内の大学など、一定の条件を満たす者に限られるという。
山武ジャーナルは利用対象に該当せず、資料の提供を受けられなかった。
この「外房沖北部3D」の調査範囲が、首都圏CCS事業の予定貯留区域とどの程度重なっているのかについても、現時点では確認できていない。
ここで問いたいのは、公的資金によって実施された調査の成果を、誰が利用できるのかという問題だ。
CCS事業を進める企業には資料を利用する道が用意されている一方で、その事業による影響を受ける可能性のある地域住民には、同じ資料を確認する道が容易には開かれていない。
事業者と住民の間には、情報へのアクセスという点で大きな格差がある。
地震や断層に関するリスクを負う可能性があるのは、事業者だけではない。地域住民もまた、その影響を受ける当事者だ。
住民は、自分たちの安全を判断するための資料を自由に確認できない。
これでは、事業者の「安全だ」「適切だ」という説明に対して、その説明を「信用する」「信用しない」の二つの選択肢しか与えられていないことになる。
「信頼してください」ではなく、信頼できる根拠を示せ
今回のFAQ修正、INPEXの記事広告、そして環境社会影響評価や地質調査資料の公開状況。
これらを並べると、首都圏CCS事業をめぐる情報発信の問題が、はっきりと見えてくる。
MCCSは、IFCという国際機関の名前を掲げて、自社の環境社会影響評価の信頼性を訴えてきた。
INPEXは、社員の使命感や事業の明るい未来を描いた記事広告を掲載し、事業に対する好意的なイメージを発信している。
しかし、その信頼性を住民が自ら検証するための環境社会影響評価報告書や地質調査資料については、十分な情報公開が行われていない。
事業者が伝えたい情報は積極的に発信する。しかし、住民が知りたい情報には十分に応えない。
この姿勢こそが問題なのだ。
情報発信と情報公開は違う。
情報発信は、発信者が伝えたい情報を選んで届けることだ。
情報公開は、第三者が事実を確認し、その説明の妥当性を検証できるようにすることだ。
企業プロパガンダをいくら重ねても、事業の安全性が科学的に証明されるわけではない。
国際機関の名前をいくら並べても、その評価の中身を確認できなければ、信頼性を判断する材料にはならない。
地域住民が必要としているのは、INPEXの社員が描く夢物語でも、MCCSが自ら選んで発信する安心材料でもない。
自分たちの暮らす地域で進められる事業について、その必要性とリスクを自ら判断するための、客観的な資料だ。
MCCSとINPEXが本当に地域住民の理解を得ようとしているのであれば、まず環境社会影響評価報告書や環境管理計画を公開すべきだ。地震リスクの評価に用いた地質調査資料についても、第三者が検証できる形で情報を示す必要がある。
公開できない資料があるなら、その理由を具体的に説明し、第三者による検証の方法を提示すべきだ。
安全性を宣伝することと、安全性を証明することは違う。
首都圏CCS事業が地域住民の信頼を得られるかどうかは、広告や広報紙の出来栄えでは決まらない。
事業者が、自らの説明を第三者の検証に委ねられるかどうかにかかっている。
