なぜ「九十九里」なのか──シリーズ「CCSは地球を救うのか?」③

前回の記事では、JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)の「先進的CCS事業」に採択された9案件のうち、日本国内で回収した二酸化炭素を船で海外まで運び、現地の地下に貯留する「海外船舶輸送型CCS」について考えた。

そこで一つの疑問を提示した。

地球全体の二酸化炭素を減らすことが目的なら、日本で回収した二酸化炭素を数千キロ離れた海外まで運ぶ必要があるのだろうか。

二酸化炭素には国籍もなければ、排出された工場の名前も書かれていない。

日本で排出された二酸化炭素を1トン減らしても、マレーシアで排出された二酸化炭素を1トン減らしても、地球の大気中に放出される二酸化炭素が1トン減るという意味では同じである。

それなら、できるだけ分離・回収しやすい二酸化炭素を、できるだけ近くの貯留地へ運ぶ方が、少ないエネルギーと費用で多くの二酸化炭素を削減できるはずだ。

今回は、その考え方に基づいて、首都圏CCSが本当に最善の方法なのかを検証していく。

首都圏CCSは、なぜ九十九里なのか

首都圏CCSでは、日本製鉄東日本製鉄所君津地区などから排出される二酸化炭素を分離・回収し、パイプラインで房総半島を横断して、九十九里沖の地下へ貯留する計画が進められている。

首都圏CCS株式会社によると、初年度の貯留量は年間120万トン、将来的には年間約500万トンを見込む。現在は九十九里沖約5キロの海上で試掘が行われ、二酸化炭素を安全かつ長期的に貯留できる地層が存在するかを調査している。

首都圏CCSについて取材していると、よく聞く意見がある。

「君津や京葉工業地域で出た二酸化炭素なら、東京湾に埋めればいいのではないか」

確かに地図だけを見れば、そう考えるのは自然だ。

しかし、首都圏CCS側は、東京湾側と九十九里側では地下の地質条件や利用できる地下データなどが異なり、現時点では九十九里沖をより有望な候補として評価している。

一方で、東京湾地下にも二酸化炭素の貯留ポテンシャルがあるとした過去の研究は存在する。

この問題だけでも一つの記事が書けそうだが、今回はあえて深入りしない。

首都圏CCS側の説明をそのまま受け入れ、「東京湾内への貯留は現実的ではなく、房総半島の太平洋側に貯留地を求める必要がある」として考えてみよう。

それでも、一つの素朴な疑問が残る。

なぜ、君津から房総半島を横断して九十九里まで二酸化炭素を運ぶ必要があるのだろうか。

排出源と貯留候補地の組み合わせは適切なのか

CCSを大規模に行うためには、当然ながら大量の二酸化炭素を排出する施設が必要になる。

その意味では、日本製鉄君津地区を排出源とすること自体は理解しやすい。

首都圏CCSが将来目標としている貯留量は年間約500万トン。一方、日本製鉄君津地区は年間1400万トン以上の二酸化炭素を排出する国内有数の巨大排出源である。

もちろん、工場から排出される二酸化炭素のすべてをそのまま回収できるわけではない。排ガスの種類や二酸化炭素濃度、回収設備などによって実際に回収できる量は変わる。

それでも、年間500万トン規模のCCSを考えるうえで、日本製鉄君津地区が十分に巨大な排出源であることに疑いはない。

では、太平洋側に同じような巨大排出源はないのだろうか。

ある。

茨城県の鹿島臨海工業地帯である。

太平洋側にある、もう一つの巨大工業地帯

鹿島臨海工業地帯は、鹿嶋市と神栖市を中心に形成された国内有数の工業集積地である。

茨城県によれば、石油精製、石油化学、鉄鋼などの基礎素材産業を中心に多数の工場が立地している。県内の産業部門から排出される二酸化炭素は臨海部に集中しており、茨城県自身が鹿島臨海地域をカーボンニュートラル政策の重要拠点として位置づけている。

そして、鹿島臨海工業地帯で最大の巨大排出源が、ここでも日本製鉄である。

日本製鉄東日本製鉄所鹿島地区をはじめ、発電、石油精製、石油化学などの大規模な固定排出源が狭い地域に集中している。

主要排出源所在地主な業種年間排出量
日本製鉄 東日本製鉄所 鹿島地区鹿嶋市鉄鋼約700万トン
鹿島北共同発電 鹿島北共同発電所神栖市発電約200万トン
三菱ケミカル 茨城事業所神栖市石油化学約150万トン
鹿島石油 鹿島製油所神栖市石油精製約140万トン
その他主要事業所鹿嶋市・神栖市化学・発電等約100万トン
鹿島臨海工業地域全体約2,200万トン

首都圏CCSの将来目標である年間500万トンという数字と比較すれば、鹿島臨海工業地帯は、少なくとも「二酸化炭素の供給量が小さすぎてCCS事業の排出源になり得ない」という規模の工業地帯ではない。

しかも鹿島には、君津にはない大きな地理的特徴がある。

工業地帯そのものが太平洋に面している。

もし同じ太平洋岸の九十九里と似た地形の鹿島沖の地下に十分な二酸化炭素貯留層が存在するなら、房総半島を横断するような長距離パイプラインを造る必要はない。

80キロの陸上パイプラインは必要なくなる

現在の首都圏CCSでは、君津地区から九十九里側まで、房総半島を横断する約80キロの陸上パイプラインが計画されている。

この80キロという距離は、コストの面でも決して小さくない。

資源エネルギー庁がCCSの発電コストを検証するために用いたモデルでは、年間300万トンの二酸化炭素を200キロ輸送する直径55センチのパイプラインについて、パイプライン本体だけで約1027億円の建設費を見込んでいる。

単純計算すれば、1キロ当たり約5億円である。

もちろん、これは首都圏CCSの実際の建設費ではない。管径、輸送量、圧力、地形、道路や河川の横断などによって建設費は大きく変わるが、単純にこれを80キロのパイプラインに当てはめれば、約410億円になる。

80キロの陸上パイプラインとは、それだけで数百億円規模になり得るインフラなのである。

しかも、造って終わりではない。

パイプラインが長くなれば、監視、点検、防食、補修などを行わなければならない区間も長くなる。

同じ資源エネルギー庁の試算では、パイプラインの年間修繕費を建設費の2%としている。

これも単純に当てはめると、年間維持費は約8億円になる。

さらに考えなければならないのが、事故のリスクである。

二酸化炭素は燃えない。しかし、高濃度の二酸化炭素が大量に漏えいすれば、周囲の酸素濃度を低下させ、人体に危険を及ぼす可能性がある。

約80キロの陸上パイプラインを造るということは、それだけ長い区間について、漏えい事故への備えと安全管理を続けるということでもある。

もし鹿島臨海工業地帯から直近の鹿島沖へ二酸化炭素を送ることができるなら、房総半島を横断する約80キロの陸上パイプラインそのものが必要なくなる。

輸送に必要なエネルギーだけではない。数百億円規模になり得る陸上インフラの建設・維持管理コストと、その80キロにわたって抱える事故リスクまで大幅に減らせる可能性がある。

では、鹿島沖は二酸化炭素の貯留地として検討されたことがないのだろうか。

鹿島沖は、国自身が調査してきた

実は、鹿島沖をCCSの貯留候補地として考えることは、筆者の思いつきではない。

国は以前からこの海域を調べている。

環境省と経済産業省が進めてきた「二酸化炭素貯留適地調査事業」は、弾性波探査や地質解析などによって、日本周辺の二酸化炭素貯留適地を探してきた事業である。環境省によれば、この調査は2014年度から2023年度まで実施された。

その調査対象には、「鹿島沖周辺」が含まれている。

JOGMECが公開している資料にも、「鹿島沖周辺」について2021年度の二酸化炭素貯留適地調査で地質解析や貯留可能量評価が行われたことが記載されている。

国内石油・天然ガス基礎調査の成果を開示新たに20件の調査結果が利用可能となりました(JOGMEC)

さらに興味深い資料がある。

経済産業省が2022年度に実施したコンビナートのカーボンニュートラル化に関する調査では、鹿島地区の将来像を検討する中で、「鹿島沖帯水層CCSがキーである」と明記されている。

経済産業省2022年報告書

そこでは鹿島地区の二酸化炭素を集約するセンターと、鹿島沖帯水層CCSを組み合わせた将来構想まで描かれていた。

つまり、鹿島臨海工業地帯で発生する二酸化炭素を集め、鹿島沖へ貯留するという構想そのものを、国の調査がすでに検討していたのである。

では、なぜ鹿島沖ではなかったのか

もちろん、ここで「鹿島沖の方が九十九里沖より優れた貯留地だ」と結論づけることはできない。

過去の貯留適地評価では、「常磐―鹿島沖」について約46億トンという大きな概算貯留量が推計された一方、海溝型地震の震源断層が大規模に分布することなどから、総合評価では選外となった資料もある。

貯留敵地検討資料(環境省)

地質は実際に調べなければ分からない。

しかし、ここで現在の九十九里沖を思い出してほしい。

首都圏CCS株式会社は2026年7月から九十九里沖で試掘を行っている。

何のためか。

同社自身の説明では、「二酸化炭素の貯留に適した地層の存在を確認すること」が目的である。J-1とJ-2のデータを解析し、九十九里沖に二酸化炭素を安全かつ長期的に貯留する能力があるかを評価するという。

つまり、九十九里沖についても、商業規模のCCSに適した貯留地であることが最初から確定しているわけではない。

だから試掘しているのである。

ならば、話は単純ではないだろうか。

東京湾側から房総半島を横断して二酸化炭素を運ぶ計画を立てる前に、巨大な二酸化炭素排出源が集積し、そのすぐ沖合が国によってCCS候補地として調査され、経済産業省の調査でも「鹿島沖帯水層CCSがキー」とされた鹿島沖を、まず試掘してみる。

そこで年間数百万トン規模の二酸化炭素を安全に貯留できる地層が確認できれば、鹿島臨海工業地帯から短いパイプラインで二酸化炭素を運べばよい。

十分な貯留能力が確認できなかったなら、その段階で初めて、より遠い排出源から別の貯留地へ二酸化炭素を運ぶ方法を検討する。

地球全体の二酸化炭素を、できるだけ少ないエネルギーと費用で減らすことが目的なら、その順番の方が自然ではないだろうか。

では、鹿島沖を実際に試掘した結果、十分な貯留能力がなく、九十九里沖の方が適地だったとしよう。

それなら現在の計画は合理的なのだろうか。

次回は、貯留地を九十九里沖に固定したまま、二酸化炭素をどこから、どのように運ぶかを考えてみたい。

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