
2026年8月13日夜から14日未明にかけて、千葉県は記録的な豪雨に襲われた。
大網白里市、茂原市、東金市、山武市、九十九里町など外房地域でも道路冠水や住宅への浸水が相次ぎ、県内24市町に災害救助法が適用された。
中でも大網白里市や茂原市は、これまでも台風や大雨のたびに冠水被害を受け、地元住民は長年悩まされてきた。
なぜ、この地域はこれほど水害に弱いのか。
その原因を一つだけに求めることはできない。しかし、その一因として、この地域の地下に眠る巨大な天然資源「南関東ガス田」の開発が無関係とは言い切れない。
私たちの足元では、長年にわたり天然ガスやヨウ素といった天然資源が、地下の「かん水」とともに汲み上げられてきた。
一方、その同じ九十九里で今度は、東京湾側で発生した二酸化炭素(CO₂)を房総半島の反対側まで運び、九十九里沖の地下へ高圧で圧入する計画が進んでいる。
地下から「抜く」天然ガス開発と、地下へ「入れる」CCS。
物理的には異なる事業である。
しかし社会的な影響という視点から見ると、両者には驚くほど似た構図が浮かび上がってくる。
つまり、国が重要と位置づける政策や事業のために、特定の地域がそのリスクを引き受けるという構図である。
最大1.24メートル──九十九里で続いてきた地盤沈下
房総半島から東京湾にかけての地下には、日本最大級の水溶性天然ガス田「南関東ガス田」が広がっている。
地下深くに存在する「かん水」と呼ばれる化石海水にはメタンガスが溶け込んでおり、これを地上に汲み上げて分離することで天然ガスを生産する。
さらに、かん水には貴重な資源であるヨウ素も大量に含まれている。
天然ガスは地域の都市ガスや産業用エネルギーとして利用され、ヨウ素は医薬品、消毒剤、工業用途などに使われ、日本から海外にも輸出されている。
つまり南関東ガス田は、現在も利用価値の高い国産地下資源なのである。
その開発そのものを否定するつもりはない。
一方で、天然ガスかん水の大量採取が九十九里地域に深刻な地盤沈下をもたらしてきたこともまた、行政自身が認めている事実である。
環境省の「房総半島から東京湾にかけての地下には、日本最大級の水溶性天然ガス田「南関東ガス田」が広がっている。
地下深くに存在する「かん水」と呼ばれる化石海水にはメタンガスが溶け込んでおり、これを地上に汲み上げて分離することで天然ガスを生産する。
さらに、かん水には貴重な資源であるヨウ素も大量に含まれている。
天然ガスは地域の都市ガスや産業用エネルギーとして利用され、ヨウ素は医薬品、消毒剤、工業用途などに使われ、日本から海外にも輸出されている。
つまり南関東ガス田は、現在も利用価値の高い国産地下資源なのである。
その開発そのものを否定するつもりはない。
一方で、天然ガスかん水の大量採取が九十九里地域に深刻な地盤沈下をもたらしてきたことも、行政自身が認めている事実である。
環境省の「九十九里平野地盤環境情報」は、この地域の地盤沈下について、天然ガスかん水の採取を主たる原因として挙げている。
沈下が特に激しかった昭和40年代には、年間10センチを超える地点もあった。
そして昭和44年から令和6年までの累積沈下量を見ると、茂原市内の水準点では最大124.24センチに達している。
実に1メートル24センチである。
粘土層などが地下水の採取によって圧密されて生じた地盤沈下は、採取量を減らせば元の高さに戻るというものではない。
環境省の「九十九里平野地盤環境情報」は、この地域の地盤沈下について、天然ガスかん水の採取を主たる原因として挙げている。
沈下が特に激しかった昭和40年代には、年間10センチを超える地点もあった。
そして昭和44年から令和6年までの累積沈下量を見ると、茂原市内の水準点では最大124.24センチに達している。
実に1メートル24センチである。
粘土層などが地下水の採取によって圧密されて生じた地盤沈下は、採取量を減らせば元の高さに戻るというものではない。
一度失われた地盤高は、その後も地域の生活条件として残り続ける。
地盤沈下と水害との関係
低地の地盤が沈めば、当然ながら河川や排水路、道路、住宅地などの相対的な高低関係にも影響する。
実際、「豪雨から茂原・長生の住民を守る会」は2020年に千葉県へ提出した要望書の中で、一宮川中流部の堤防が沈下したため土嚢によるかさ上げが行われたことや、第二調節池の越流堤が約40センチ沈下したため、かさ上げが必要になったことなどを指摘している。
これは住民団体による指摘であり、今回の浸水被害について地盤沈下がどの程度寄与したのかは専門的な検証が必要だろう。
しかし少なくとも、「地盤が沈んでも水害には何の影響もない」と考えるのは不自然だ、。
しかも地盤沈下によって変化するのは河川だけではない。
道路、側溝、建物、農地、排水施設など、私たちが普段意識することのない「高さ」の関係そのものが変わる可能性がある。
地盤沈下地域を歩いて見えたもの
今回、筆者は茂原市、大網白里市周辺にある天然ガス関連施設の周囲を実際に歩いてみた。
そこで気になった光景がいくつかあった。
一つは、ガス井のすぐ脇の土地で、コンクリート製の側溝と周囲の地面との間に生じた大きな段差である。

別の場所では、ヨウ素工場を囲む塀に、目視できる歪みが確認できた。

もちろん、これらの写真だけから「天然ガスやヨウ素採取による地盤沈下が原因だ」と断定することはできない。
造成方法、構造物の基礎、施工時期、経年劣化など、別の原因も考えられる。
ただし、ここが長期間にわたり地盤沈下が観測されてきた地域であることも事実である。
特に排水施設と周囲の地面の高さが逆転しているように見える光景は、水害を考えるうえでも興味深い。
雨水は低い場所から高い場所へ自然には流れない。
この高低差がどのような原因で生じ、実際の排水にどの程度影響しているのか。写真だけでは判断できないが、水害と地盤沈下の関係を考える上で気になる光景だった。
関東天然瓦斯開発とは
ここで、この地域の天然ガス開発を担ってきた企業について整理しておきたい。
関東天然瓦斯開発株式会社である。

この社名だけでは馴染みが薄いかもしれないが、「大多喜ガス」と聞けばピンとくる読者は多いだろう。
同社は、千葉県の天然ガス産業を長年支えてきた企業であり、九十九里地域と非常に深い関係を持っている。
現在、関東天然瓦斯開発はK&Oエナジーグループ株式会社のグループ企業である。
K&Oエナジーグループの事業を大まかに整理すると、地下から天然ガスかん水を採取して天然ガスなどを生産する関東天然瓦斯開発、そのガスを需要家へ供給する大多喜ガス、さらにかん水に含まれるヨウ素を資源として利用する事業などが一つのグループとして形成されている。
つまり、地下から資源を取り出すところから、ガスの供給、かん水に含まれるヨウ素の利用までを手掛ける、千葉県の地下資源を基盤とした企業グループと考えると分かりやすい。
関東天然瓦斯開発自身も、外房地域で長年天然ガス開発を行ってきたことによって、地下の地質について豊富なデータと経験を持っている。
そして、この会社が今回のコラムで重要になる理由がもう一つある。
関東天然瓦斯開発が、首都圏CCS株式会社に15%出資
現在、九十九里沖で計画されている「首都圏CCS事業」。
事業を担う首都圏CCS株式会社は、INPEXが85%、関東天然瓦斯開発が15%を出資して設立した会社である。
首都圏CCSでは、日本製鉄東日本製鉄所君津地区や京葉臨海工業地帯など東京湾側の大規模排出源からCO₂を回収する。
そして房総半島を横断する約80キロメートルのパイプラインによって外房側へ運び、九十九里沖の地下深部に圧入・貯留する計画だ。
当初は年間約120万トン(または140万トン)、将来的には年間最大500万トン規模が想定されている。
関東天然瓦斯開発がこの事業に参加する理由の一つとして挙げられているのが、まさに長年の天然ガス開発によって蓄積してきた地下地質に関する知識と経験である。
技術的に考えれば合理的だ。
天然ガス開発によって地下構造を熟知している企業が、地下深部へCO₂を貯留する事業に参加すること自体に不思議はない。
だが、地域の歴史という視点から見ると、そこには別の意味も見えてくる。
関東天然瓦斯開発が地下についての「豊富な知識・経験」を蓄積してきた時代は、同時に、九十九里地域が天然ガスかん水採取に伴う地盤沈下を経験してきた時代でもある。
天然ガス開発で培った経験をCCSの安全性を支える材料として語るのであれば、その開発と並行して地域が経験してきた地盤沈下についても、同じ重さで説明されるべきではないだろうか。
房総半島を横断する「40気圧」
もう一つ、首都圏CCSについて確認しておきたい数字がある。
圧力である。
INPEXが経済産業省の二酸化炭素貯留事業等安全小委員会に提出した資料によれば、房総半島を横断する陸上パイプラインでは、CO₂を気相で輸送する。
運転開始時は約2MPaG、将来的には最大約4MPaG。
およそ40気圧である。
さらに外房側の昇圧設備で圧力を高め、海底側では最大約15MPaG、およそ150気圧の条件が想定されている。
40気圧、150気圧という数字だけを取り出して、短絡的に「だから危険だ」というつもりはない。
高圧ガスを扱う設備やパイプラインは既に社会のさまざまな場所で使われており、それを前提とした安全設計も行われるからだ。
問題は別にある。
その高圧CO₂パイプラインが、実際にどのような土地を通るのかということである。
今回の豪雨で、房総半島では道路冠水、河川増水、土砂災害などが発生した。
さらに九十九里地域には、長年にわたる地盤沈下という地域固有の問題も存在する。
ならば住民が知りたいのは、「安全に設計しています」という通り一遍の説明ではない。
豪雨で地盤が崩れた場合はどうするのか。
河川が氾濫した場合はどうするのか。
地盤変動はどのように監視するのか。
パイプラインが破損した場合、どこで遮断され、どの程度のCO₂が放出される可能性があるのか。
そして、万一避難が必要になった場合、誰がどのような基準で判断し、住民へ伝えるのか。
房総半島はCO₂の単なる「通り道」ではない。パイプラインが通る以上、その地域も明確な事業当事者なのである。
「抜く」事業と「入れる」事業
天然ガス開発とCCS。
両者は地下で起きる物理現象としては真逆だ。
天然ガス開発では、地下から天然ガスを含んだかん水を汲み上げる。CCSでは逆に、地下深部の貯留層へCO₂を圧入する。
しかし、このコラムが指摘したい両者の共通点は、そのような物理現象ではない。
誰が便益を受け、誰がリスクを引き受けるのかという社会的な構造である。
南関東ガス田から得られた天然ガスはエネルギーとして利用され、ヨウ素は国内外へ供給されてきた。その一方で、天然ガスかん水の採取に伴って生じた地盤沈下は、資源を産出した九十九里地域に残った。
首都圏CCSでは、CO₂を排出する主要な事業所は東京湾側にある。
そのCO₂を約80キロメートルの陸上パイプラインで房総半島の反対側まで運び、最終的に九十九里沖へ貯留する。
事業者が九十九里沖を選ぶのに、技術的な理由があることは理解できる。
CO₂を貯留できると考えられる地層があり、その上にはCO₂の移動を抑える遮蔽層がある。そして長年の天然ガス開発によって、地下地質に関するデータも蓄積されている。
事業者側から見れば、合理的な候補地なのだろう。
しかし地域側から見れば、別の問いが残る。
東京湾岸で排出されたCO₂を、なぜ房総半島を横断させてまで九十九里沖が引き受けなければならないのか。
「適した地層があるから」というのは、事業者側の技術的な答えではある。
だが、過去の地下資源開発によって地盤沈下という負担をすでに経験してきた地域社会に対する説明として、それだけで十分なのだろうか。
構図だけを抜き出せば、
便益は広い範囲で享受される。一方、それに伴うリスクは特定の地域に集中する。
という共通点が見えてくる。
これはCCSだけに特有の問題ではない。
発電所、ダム、廃棄物処分場など、大規模インフラをめぐって昔から繰り返されてきた問題でもある。
だからこそ、事業者側の「技術的に適している」という説明だけで議論を終わらせるべきではない。
「地球環境のため」という言葉で議論を終わらせてはいけない
今回の豪雨と首都圏CCSに直接の因果関係はない。
CCSはまだCO₂の圧入すら始まっていないのだから当然である。
しかし今回の豪雨は、別のことを改めて考えさせるきっかけになった。
大規模な開発によって地域環境に生じた変化は、事業によって得られた便益が消費された後も、その土地に残り続けることがある。
九十九里は、そのことを地盤沈下という形ですでに経験している。
だからこそ首都圏CCSについても、事業が始まる前に考えておかなければならない。
「国策だから」
「地球温暖化対策だから」
「日本のカーボンニュートラルのためだから」
それらは事業を進める理由にはなる。
しかし、地域がリスクを受け入れる理由まで自動的に説明してくれる言葉ではない。
必要なのは、CCSに賛成か反対かという二択を住民に迫ることではない。
まず、
何をするのか。
誰が便益を受けるのか。
誰がリスクを負担するのか。
事故が起きた場合、誰が責任を負うのか。
事業終了後、誰が、いつまで管理するのか。
そこまで明らかにした上で、地域が判断できるだけの材料を示すことだ。
半世紀以上にわたり地盤沈下と付き合ってきた九十九里だからこそ、言えることがある。
「国が安全だと言っているから大丈夫」ではなく、将来この土地に何が残るのかまで説明してほしい。
それは国家プロジェクトを妨害することでも、地球温暖化対策を否定することでもない。
自分たちが暮らす土地について、自分たち自身が判断するために必要な、ごく当たり前の要求ではないだろうか。
