首都圏CCS事業のスポンサー「JOGMEC」とは何か?

首都圏CCS事業は、株式会社INPEX、日本製鉄株式会社、関東天然瓦斯開発株式会社の3社が進める事業である。現在進められている九十九里沖の試掘事業を直接請け負っているのは、INPEXと関東天然瓦斯開発の出資で設立された「首都圏CCS株式会社」であることはこれまでの記事で述べた通りだ。

しかし、この3社がある日突然、「そうだ。東京湾岸で排出された二酸化炭素を九十九里沖の地下に埋めよう!」と考えて始めた単純な民間プロジェクトではない。

その背後には、日本政府が進めるCCS政策がある。

その政策を具体的な事業へ落とし込む重要な役割を担っているのが「JOGMEC」だ。

JOGMECとは何なのか。

そして、JOGMECが推進する「先進的CCS事業」とは、いったい何なのだろうか。

石油や天然ガスを確保するための組織

JOGMECは2004年に設立された独立行政法人である。

正式名称は「独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構」。英語名の「Japan Organization for Metals and Energy Security」の頭文字をとって「JOGMEC」と呼ばれており、石油、天然ガス、石炭、金属鉱物、地熱、水素など、日本にとって重要なエネルギー・資源の安定供給を支えることを主な役割としている。

日本は石油や天然ガス、鉱物資源の多くを海外に依存している。

しかし、油田やガス田、鉱山などの資源開発には巨額の資金が必要であり、探鉱したからといって必ず資源が見つかるわけでもない。

また、国が直接すべての資源開発を行うわけにはいかないので、JOGMECが民間企業への出資、債務保証、技術支援、調査などを行い、日本企業による資源開発を政策的に支えてきたのである。

2026年度のJOGMECの総支出予算額は約2兆2,218億円。役職員数も1,147人に達する巨大な独立行政法人である。

つまりJOGMECとは、エネルギー開発を行う民間企業にとっては、日本政府を後ろ盾を持つ強力なスポンサー=パトロンなのである。

そして現在、このJOGMECが重要な施策の一つに位置付けているのがCCSである。

国が掲げた「2050年に年間1.2~2.4億トン」

日本政府は2050年のカーボンニュートラル実現を掲げている。

その中で経済産業省は、発電所や製鉄所、セメント工場、化学工場などから排出される二酸化炭素を分離・回収し、地下深くに貯留するCCSを重要な手段として位置付けている。

2023年にまとめられた「CCS長期ロードマップ」では、2050年時点で日本が必要とするCCSの年間貯留量の目安を、

年間約1億2,000万~2億4,000万トン

とした。

かなり大きな数字である。

さらに2030年までを「ビジネスモデル構築期」、2030年以降を「本格展開期」と位置付け、まず2030年までにCCS事業を実際に開始できる体制を作ることになった。

ここで登場するのが「先進的CCS事業」である。

「先進的」とは技術的に新しいという意味ではない

名称だけを見ると、「従来より高度なCCS技術を開発する研究事業」のようにも見える。

しかし、先進的CCS事業の目的はそれだけではない。

経済産業省は、この事業について、2030年までのCCS事業開始を目指し、

「横展開可能なビジネスモデルを確立するために模範となる先進性のあるプロジェクト」

を支援するものと説明している。

つまり重要なのは「モデル」である。

CO2をどこから回収するのか。

どうやって運ぶのか。

どこに貯留するのか。

費用はいくらかかるのか。

複数企業が参加する場合、費用や責任をどう分担するのか。

地下に十分な貯留能力があるのか。

そして、それを事業として成立させられるのか。

こうした問題を実際の候補地と企業を使って検討し、2030年代以降に全国へCCSを展開するための「ひな型」を作ろうとしているのである。

最初は7件、現在は9件

先進的CCS事業は2023年度に始まった。

JOGMECは最初の候補として7案件を選定した。

その中には、

苫小牧地域CCS、東新潟地域CCS、日本海側東北地方CCS、九州北部沖~西部沖CCS、マレーシアや大洋州への海外CCSなどが含まれていた。

そして、その7案件の一つとして選ばれたのが、

首都圏CCS事業

だった。

2024年度には事業の見直しが行われ、設計作業や地下の貯留ポテンシャル評価などを行う9案件が改めて選定された。

9案件全体で想定するCO2貯留量は年間約2,000万トン。

内訳を見ると、国内で貯留するものが5案件、海外で貯留するものが4案件となっている。

さらに輸送方法で見ると、

国内パイプライン輸送が3案件、船舶輸送が6案件。

船舶輸送6案件のうち2案件は国内貯留だが、残る4案件では、日本で排出されたCO2をアジア・大洋州まで船で運び、海外の地下に貯留することが想定されている。

ここは、日本のCCS政策を考えるうえで非常に興味深い点である。

JGOMECウェブサイト「先進的CCS事業」から引用

CO2を外国まで運んで埋める「海外CCS」

CCSという言葉から、

「工場から出たCO2を、その近くの地下へ埋める」

という姿を想像している人も多いだろう。

実際、首都圏CCSは基本的にはその発想である。

東京湾岸の京葉臨海工業地帯などで発生するCO2を回収し、パイプラインで房総半島を横断して、九十九里沖の海底下へ圧入する。

ところが、先進的CCS事業全体を見ると、それとはまったく異なる構想も進められている。

日本国内でCO2を回収する。

液化する。

港まで運ぶ。

一時貯蔵する。

液化CO2運搬船へ積み込む。

そして船でマレーシアなどへ運び、現地の海底下へ埋める。

これも、日本政府が進める「先進的CCS事業」である。

実際、2024年度に選ばれた9案件のうち4案件が海外貯留を想定している。

言ってみれば、日本で発生した二酸化炭素を「圏外」へ運び出して処分するCCSである。

もちろん政府側にも理由はある。

国内だけでは十分な貯留地点を確保できるとは限らず、大規模な貯留能力を持つ海外の油ガス田や帯水層を利用できれば、CCSの選択肢が広がるという考え方である。

一方で当然、疑問も生じる。

CO2を分離・回収し、液化し、一時貯蔵し、船に積み、燃料を使って外国まで輸送し、さらに現地で地下へ圧入するには莫大なエネルギーを必要だが、エネルギーを消費すれば当然二酸化炭素が発生する。

温暖化対策のために地球全体の二酸化炭素を削減する必要があると言うのであれば、そのようなことをせずともマレーシアで発生した二酸化炭素を、現地の海底に埋めた方が、どう考えても合理的だ。

マレーシアも天然ガス開発などで年間に約3億トンの二酸化炭素を排出している。これは世界第19位の排出量だが、国民一人当たりの排出量は年間約8トンで、日本とほぼ変わらない。

JOGMEC自身も船舶輸送案件について、パイプライン案件よりもCO2の液化・一時貯蔵など追加工程が必要であり、船舶輸送コストも相対的に高いことを課題として認めている。

それでもなお、JOGMECが船舶輸送CCSを推進しようとするには、地球温暖化対策以外の別の目的があると考えるのが自然だ。

その9件の一つが「首都圏CCS」

では、私たちの住む地域で計画されている首都圏CCSは、9案件の中でどのような位置付けなのだろうか。

現在JOGMECが公表している計画では、事業者は、

株式会社INPEX
日本製鉄株式会社
関東天然瓦斯開発株式会社

の3社。

CO2の排出源は、日本製鉄東日本製鉄所君津地区をはじめとする京葉臨海工業地帯の複数産業。

それをパイプラインで輸送し、

千葉県外房沖の海域帯水層へ年間約140万トンを貯留する

という計画である。

2023年度の初期構想では年間約100万トン、その後の検討では2030年度に128万トンという数字も示され、現在公表されている2024年度選定案件では約140万トンとなっている。

つまり計画は検討の進展とともに拡大してきた。

さらにJOGMECは、この首都圏CCSについて、

「京葉臨海工業地帯におけるハブ&クラスター型CCSと大容量パイプライン導管を備えた拡張性の高い事業」

と位置付けている。

ここで重要なのが「拡張性」という言葉だ。

首都圏CCSは、年間140万トンを埋めて終わる事業として設計されているわけではない。

将来、より多くの排出企業を接続し、より大量のCO2を運ぶことを視野に入れたモデル事業なのである。

140万トンは「完成形」ではない

首都圏CCSだけを見ていると、

「年間140万トンのCO2を九十九里沖へ埋める計画」

に見える。

しかし、日本全体のCCS政策から見ると意味が変わってくる。

政府が2050年に想定しているCCS貯留量は年間1.2~2.4億トン。

140万トンは、そのわずかな一部分にすぎない。

経済産業省の検討資料では、圧入井1本あたり年間50万トンを貯留できると仮定した場合、年間1.2億トンなら240本、2.4億トンなら480本もの圧入井が必要になるという試算まで示されている。

つまり現在各地で進められている先進的CCS事業は、ゴールではない。

2030年代以降にCCSを大規模展開するための入口である。

その「入口」の一つとして選ばれた場所が、千葉県であり、房総半島であり、九十九里沖なのである。

「一民間企業の計画」として見てはいけない

首都圏CCSについて考えるとき、INPEXという企業だけを見ていては全体像を見誤る。

日本政府が2050年カーボンニュートラルという目標を掲げる。

経済産業省がCCS長期ロードマップを策定する。

その政策を受けてJOGMECが先進的CCS事業を実施する。

JOGMECが候補案件を選定し、調査、設計、試掘、貯留ポテンシャル評価などを支援する。

そして、その一つとしてINPEXなどが進める首都圏CCSが存在する。

この順番で見る必要がある。

だからこそ、首都圏CCSをめぐる問題は、

「INPEXという会社の計画に賛成か反対か」

だけではない。

国がCCSをどのような政策目的で進め、どこまで拡大しようとしているのか。その政策は費用やエネルギー消費まで含めて、本当に合理的なのか。

そこまで検証しなければ、首都圏CCSの本当の姿は見えてこない。

そしてもう一つ、見逃してはならない問題がある。

これほど巨大な国策事業を動かしている経済産業省、JOGMEC、そして実際に事業を担うINPEXなどの企業は、どのような関係にあるのか。

誰が政策を作り、誰が事業を選び、誰が公費による支援を受け、最終的に誰が事業を行うのか。

首都圏CCSを追っていくと、次に見えてくるのは、この「国・JOGMEC・事業者」の構造である。

次回の記事ではその構造を解き明かしていく。

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