「違反」より深刻な問題──小野崎まさき陣営の肉声が示した“統治能力”の限界

山武ジャーナルは4月15日、小野崎まさき候補の選挙事務所を訪問し、これまで指摘してきた掲示物の運用について直接話を聞いた。

対応したのは、名刺に「事務局」と記載のあるA氏。
本稿では、そのやり取りの中で実際に語られた言葉をもとに、現場で何が起きていたのかを整理する。


■「自分でやるしかなかった」──管理体制の実態

まず確認したのは、告示日当日の掲示物の撤去についてだ。

A氏は「実際に撤去したのは自分である」とし、次のように語った。

「選挙が始まったら、こういうのはなんかまずいんじゃないかと思っていましたが、手が回らず当日になってしまった。」
「どこにあるか設置したか、自分がきちんと落としてなかった(記録していなかった)ので、誰かに頼んでも無理だと思い、自分がやるしかなかった」

掲示物の設置場所については、実際に設置した担当者自身の記憶に頼る形で管理されており、撤去作業も組織的にではなく、個人の把握に基づいて進められていたことが、担当者自身の言葉で説明された。

■青テープによる肩書きの修正は、「辞めたのにあれかなと思って」

県議辞職後にポスターに記載されていた「千葉県議会議員」の肩書きを、青いテープで隠してその後も掲示した件に尋ねると、

「自分が貼りました」
「辞めたのにあれかなと思って」

と回答した。

小野崎氏からの指示だったのかという質問に対しては、

「『変なところとかは取ってくれ』って言われたんですけど、いろんなことやってたもんで…」

と、非常に曖昧な指示であったことが確認された。

■14日まで掲示されていたのは、「撤去したと思っていた」

告示後14日まで掲示物が残っていた件については、A氏は次のように語った。

「事務所の方で『残ってるって話で、ちょっと良くないんじゃないの』と言われて」
「どこですか?って聞いて、確認しました」

とし、「A氏個人の記憶で管理していたことによる見落とし」が原因だったことが確認された。

■「掲示板でやらないといけないと思っていた」

ポスターを剥がすだけでなく、「自民党掲示板」と表示された掲示板ごと撤去されていた理由を尋ねた。

A氏はこれについて、

「シロアリなどでボロボロになっているものもあったので、この機会に撤去しました」

と説明した。

この回答に対して山武ジャーナルが、

  • 「自民党掲示板」は自民党支部の備品ではないのか?
  • それを小野崎陣営の判断で撤去できるのか?

この2点の疑問を再度尋ねたところ、A氏は、

「ポスターを掲示するためにこちら(小野崎陣営)が用意したもの」

とし、「自民党掲示板」と表示していた理由は、

「当時、うすい(昭一)先生とかに、話を聞かせてもらって」
「私も法律の線を見た限り、それがちょっとよく理由がわからない」
「他の立憲なんかもそうなってたので、要は慣習として『自民党掲示板』というのを表示しておけば…という感じだった」

と説明した。


現場の言葉で顕在化した、小野崎候補の「統治能力」の限界

今回の取材では、掲示物の設置・管理・撤去に関する一連の対応について、小野崎陣営がどのような体制だったのか、現場の担当者本人の言葉として聞くことができた。

今回の取材で確認されたのは、小野崎陣営の掲示物運用が、

  • 設置場所の管理が担当者個人の把握に依存していたこと
  • 法令への対応が明確な基準ではなく、担当者の「なんとなく」という感覚や、「みんなそうしているから」という横並び意識に基づく、その場の判断に委ねられていたこと
  • 候補者からの指示が具体性を欠いたまま運用されていたこと

という実態である。

これらはいずれも、実際に現場で行われていた対応として確認された内容である。

もし、この延長線上で市政運営が行われたら──
投票前に一度、想像してみていただきたい。

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