“地球環境を守るCCS事業”に、なぜ「環境アセスメント」がないのか──九十九里沖ではもう試掘が始まっている

九十九里浜で大量のハマグリが打ち上げられた。

時期が九十九里沖で首都圏CCS事業の試掘が始まった直後だったこともあり、SNSなどでは「CCSの試掘が原因ではないか」という声も見られた。

山武ジャーナルでも、この問題について可能な限り資料を集めて検証した。

結論は、「現時点ではわからない」だった。

8月22日に試掘リグへの燃料補給中に発生したA重油流出事故については、流出量や事故後の状況などから、ハマグリ大量打ち上げとの因果関係は限りなくゼロに近いと筆者は考えている。

しかし、試掘作業そのものについてはどうだろう。

掘削による振動や騒音、海底の攪乱などが海洋生物にどのような影響を与えたのか。それを判断するためには、試掘前と試掘後を比較する必要がある。

そこで一つの疑問が生じる。

試掘が始まる前の九十九里沖の環境は、どこまで調べられていたのだろうか。

海水の状態、海底の底質、魚類や貝類などの生物相、海中の騒音や振動。

試掘後に何らかの変化が起きたとき、それを比較するための基礎データはどこまで存在するのか。

大規模な開発事業について、こうした環境への影響を事前に調査し、予測し、評価するために、日本には「環境影響評価」という制度がある。

いわゆる「環境アセスメント」だ。

ところが、CCS事業は現在、この環境影響評価法の対象事業に入っていない。

そもそも「環境アセスメント」とは何か

環境影響評価法では、環境に大きな影響を及ぼすおそれのある一定規模以上の事業について、事業者に環境影響評価を求めている。

対象となっているのは、道路、ダム、鉄道、飛行場、発電所、廃棄物最終処分場、公有水面の埋立てなどだ。

例えば火力発電所の場合、出力15万kW以上が第一種事業として法定アセスの対象となる。

環境アセスでは、事業者が事業予定地周辺の環境を調査し、事業によってどのような影響が生じる可能性があるのかを予測、評価する。

さらに重要なのが、その過程を外部に開く仕組みだ。

どのような項目を、どのような方法で調査するのか。

どのような環境影響が予測され、それに対してどのような対策を講じるのか。

方法書や準備書などが公開され、住民や自治体などが意見を提出する機会も設けられる。

環境省も、事業計画のできる限り早い段階から情報を提供し、外部の意見を聴くことによって、より早い段階から環境への配慮を可能にすることを環境影響評価制度の重要な役割としている。

つまり環境アセスとは、単なる「安全検査」ではない。

事業を始める前に環境の現状を把握し、将来の影響を予測し、その情報を社会に公開した上で事業計画に反映させる仕組みなのである。

首都圏CCSは法定アセスの対象外

首都圏CCS事業では、君津地区などで回収したCO₂をパイプラインによって房総半島を横断して運び、九十九里沖の地下深くに圧入・貯留する計画が進められている。

現在示されている計画では、陸上パイプラインは約80km。

陸上輸送時の圧力は最大4MPa(約40気圧)、海底下への圧入では最大15MPa(約150気圧)程度が想定されている。

当初のCO₂貯留量は年間120万~140万トン程度とされ、将来的には年間最大500万トン規模まで拡大する構想も示されている。

CCSは、CO₂の分離・回収、長距離輸送、地下への圧入、長期間の貯留という複数の工程からなる大規模な事業だ。

その一方、現在の環境影響評価法では、「CCS」という事業類型は対象事業として定められていない。

CCSについては、2024年に成立した「二酸化炭素の貯留事業に関する法律」、いわゆるCCS事業法によって、貯留事業の許可やCO₂漏洩を監視するためのモニタリングなどが制度化されている。

海底下にCO₂を貯留する場合、これまでは海洋汚染防止法との関係が問題になっていた。海洋汚染防止法は、廃棄物などを船舶から海に投棄する行為を規制する法律であるため、CO₂を海底下に圧入する行為をどのように扱うのか、整理が必要だった。

そこでCCS事業法では、海底下にCO₂を貯留する事業について、事業者の許可制度や貯留場所の管理、CO₂の漏洩を監視するモニタリングなどのルールを定めた。これにより、海洋汚染防止法との関係を整理し、CCS事業法に基づいて海底下貯留を規制する仕組みが設けられた。

こうしたCCS事業法上の規制と、事業開始前に周辺環境への影響を調査・予測・評価する環境影響評価法の手続きは、それぞれ役割が異なる。

そして後者について、CCSは法定対象事業になっていない。

環境省は「CCSをアセス対象にするか」を検討中

環境省の中央環境審議会では、環境影響評価制度の見直しの中で、CCSを法定アセスの対象とする必要があるかについても議論されている。

そこで示された整理では、CCS事業を環境影響評価法の対象とする必要があるかについて、

今後の事業の動向を注視し、CCS事業の実施による環境影響について知見を収集した上で、「検討を深めていくことが望ましい」

としている。

つまり、CCSを環境影響評価法の対象にするべきかどうかは、国にとっても検討課題なのである。

ところが九十九里沖では、すでに試掘が始まっている。

ここで、制度整備の順序に疑問が生じる。

環境保護より事業推進が先行

国は2030年までに民間によるCCS事業を開始するという政策目標を掲げている。

その実現に向け、2024年にはCCS事業法が成立した。

試掘権、貯留権などCCS事業を行うための権利が法的に整備され、海底下へのCO₂貯留について既存法との規制関係も整理されてきた。

その制度設計の過程では、CCS事業者や関連業界から政府に対してさまざまな要望も提出されている。

経済産業省のCCS長期ロードマップに関する資料には、事業者側から、

「CCSに関連する規制は同事業法に基づくものとし、二重規制を排除し、一元化されるべき」

との要望が記録されている。

その後の審議会では、CCS事業法と海洋汚染防止法、電気事業法、ガス事業法、高圧ガス保安法など、複数の法制度にまたがる規制について具体的な整理が進められてきた。

こうしてCCSを実際の事業として動かすための制度は整備されてきた。

そして2026年夏、九十九里沖では実際に試掘が始まった。

一方、環境影響評価制度では、

「CCSを環境影響評価法の対象にする必要があるか」

という問題が検討課題として残された。

時系列にすると、奇妙な構図が見えてくる。

2030年のCCS事業開始という政策目標を決める。

CCS事業法を制定する。

事業を実施するための権利や規制を整備する。

九十九里沖で試掘を始める。

その一方で、

CCSを環境影響評価法の対象にするべきかについては、引き続き検討する。

事業を動かす制度の整備が先行し、その事業について法定環境アセスを求めるべきかという議論が後に残された形だ。

法定アセスではなく「自主的なアセス」で十分なのか?

首都圏CCS事業のスケジュールには、環境影響評価について「自主的な環境影響評価」という項目がある。

法定アセスの対象外であっても、事業者が自主的に環境調査を実施することはできる。

気になるのは、その自主的な環境影響評価について、関係資料に、

「必要な場合のみ」

との記載があることだ。

何をもって「必要」と判断するのか。

どの範囲について、どの項目を調査するのか。

調査結果はどこまで公開されるのか。

地域住民や自治体には、どの段階で意見を述べる機会が設けられるのか。

そして、その意見は事業計画にどのように反映されるのか。

自主的な環境調査では、こうした手続きについて法定アセスと同じ法的枠組みがあるわけではない。

首都圏CCS事業で実際にどのような環境調査が行われ、その結果がどこまで公開される予定なのかは、今後さらに確認する必要がある。

九十九里沖の試掘はすでに始まっている

2026年夏、九十九里沖に巨大な掘削リグが姿を現した。

そして試掘が始まった。

8月22日には、リグへの燃料補給作業中にホースが破損し、A重油約37リットルが海上に流出する事故も発生した。

海上保安庁への通報が行われ、その指示の下で対応が行われた。

大規模な事業を行う以上、事故や想定外の事象が発生する可能性を完全にゼロにすることはできない。

だからこそ本来重要になるのが、事業開始前の環境を把握しておくことだ。

試掘前の九十九里沖では、どのような生物が、どこに、どの程度生息していたのか。

水質や底質はどうだったのか。

季節によってどのような変化があったのか。

掘削に伴う騒音や振動はどの程度発生すると予測され、それによる海洋生物への影響はどのように評価されたのか。

そして試掘後に何らかの変化が確認されたとき、何を基準として影響の有無を判断するのか。

環境への影響を科学的に検証するためには、比較するための「試掘前の環境データ」が必要になる。

なぜ、この議論を先に終わらせなかったのか

先日のハマグリ大量打ち上げについて、山武ジャーナルはCCS試掘との因果関係を「現時点ではわからない」と結論づけた。

その結論は今も変わらない。

ただ、環境影響評価制度を調べる中で、別の問題が見えてきた。

国は2030年からCCSを本格的な事業として動かすため、CCS事業法を制定し、事業者の権利や安全管理、モニタリングなどの制度を整えてきた。

九十九里沖では、すでに試掘も始まっている。

ところが、CCSを環境影響評価法の対象にする必要があるかどうかについては、いまだに検討課題のままだ。

事業を進めるための制度は整え、試掘まで始めているのに、環境影響を事前に調査・予測・評価するための制度上の位置づけは決まっていない。

2030年という政策目標が、この順序に影響したのではないか。

事業者側から出された「二重規制の排除」「一元化」という要望が、制度設計に影響したのではないか。

公開資料だけでは、そこまでの因果関係は確認できない。

しかし、疑問は残る。

なぜ、CCSを環境影響評価法の対象にする必要があるのかという議論を、実際に事業を始める前に終わらせなかったのか。

ハマグリ大量打ち上げとCCS試掘との因果関係は、今も「わからない」。

だからこそ、事業実施前の環境を調べ、試掘や事業開始後の変化と比較できるようにしておく必要があったのではないか。

そのための環境影響評価にCCSを組み込むかどうかを決めないまま、国はCCS事業を走らせた。

CCSが二酸化炭素による温暖化を防ぐ”地球環境を守るための事業”であるならば、本来、その順番は逆だったのではないだろうか。

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