九十九里浜のハマグリ大量打ち上げ──A重油流出事故との因果関係を検証する

8月下旬、九十九里町の片貝海岸を中心に、大量のハマグリが砂浜に打ち上げられていることが確認された。

山武ジャーナルでも8月28日に現地を確認したところ、九十九里町の片貝海岸や山武市の本須賀海岸などには大量のハマグリが打ち上げられており、場所によっては強い腐敗臭も感じられた。

一方、片貝沖5キロ先では現在、首都圏CCS事業による試掘作業が行われている。

さらに8月22日には、試掘中の掘削現場で燃料補給中のホースが破損し、燃料として使用されていたA重油が流出する事故も発生した。

このためSNSなどでは、A重油の流出や掘削リグから排出される生活雑排水による海洋汚染と、今回のハマグリ大量打ち上げとの関連を疑うポストが散見されている。

目の前には大量のハマグリ。そして、その水平線上には掘削リグ。

では、本当に両者には関係があるのだろうか。

山武ジャーナルでも、現時点で確認できる事実を整理し、その可能性を検証してみたい。

8月22日に起きたA重油流出事故

まず確認しておかなければならないのが、8月22日に発生したA重油流出事故である。

首都圏CCS株式会社の発表によると、事故は掘削現場でリグへ燃料を補給している際、補給用ホースが破損して発生した。

流出したA重油は甲板上で約200リットル。このうち海上へ流出した量は約37リットルと公表されている。

JOGMECも8月24日、この事故について正式に発表している。

37リットルといえば、一般的な灯油のポリタンク2本分程度であるが、数字そのものを「多い」「少ない」という印象だけで評価することには意味がない。

問題は、この37リットルのA重油が、海底の砂中に生息するハマグリを大量に死亡させるような経路と量を持っていたのか、ということである。

A重油は一般に重油の中では比較的粘度が低く、軽油に近い性状を持つ燃料油で、黒くて粘度の高いC重油とは性質が異なることは以前の記事でも述べた。

A重油は水より比重が小さく、流出すれば基本的には海面に浮く。

今回の事故では、船舶による攪拌で自然浄化を促す措置が取られており、多くが気化したとものと考えられる。

もちろん、海上に流出した油が時間の経過とともに風化・乳化し、一部が微細化したり、水中に浮遊している粒子状の物質などに付着して水中へ移行したりする可能性まで否定するものではない。

しかし、今回公表されている海上流出量は37リットルである。

しかも外洋に開かれた九十九里沖で流出した油が拡散した後、海底の砂中に生息するハマグリに大量死を生じさせるほどの曝露があったと考えるのはいささか無理があるのではないだろうか。もし、それを疑うのであれば、そのことを示す水質分析、生物組織からの油成分の検出、漂流・拡散シミュレーションなど、何らかの追加的な根拠が必要になる。

現時点で山武ジャーナルが確認した範囲では、そのようなデータは存在しない。

さらに、九十九里浜でハマグリが大量に打ち上げられる現象そのものは今回が初めてではない。

2020年11月には、九十九里浜で推定約350トンものハマグリが打ち上げられた。当時は急激な水温低下によってハマグリの潜砂能力が低下し、波によって砂中から洗い出された可能性などが指摘されたが、現在に至るまで原因は特定されていない。

一つ確実に言えるのは、当時CCSの試掘リグは存在していなかったことだ。

したがって、

「A重油流出事故の後にハマグリが大量に打ち上げられているのを見た」

という時間的な前後関係だけでは、

「A重油流出事故によってハマグリが大量に打ち上げられた」

という因果関係を示したことにはならない。

現時点の情報から判断する限り、8月22日に流出したA重油が今回のハマグリ大量打ち上げの原因となった可能性は、山武ジャーナルでは極めて低いと考える。

リグからの「生活雑排水」はどうか

もう一つ、今回の大量打ち上げとの関連を疑う材料として挙げられているのが、掘削リグから排出される生活雑排水である。

掘削リグでは100~120人程度のクルーが生活している。

当然、シャワー、洗面、洗濯、厨房などから生活雑排水が発生する。

首都圏CCS株式会社によると、し尿については海へ放流せず陸上へ搬出して処理している一方、それ以外の生活雑排水については、固形物などを分離した上で海へ放流しているという。

こうした生活雑排水(グレーウォーター)を海へ放流すること自体が、直ちに違法な行為というわけではない。

国際海事機関(IMO)では、食器洗浄、シャワー、洗濯、浴室、洗面台などからの排水を「グレーウォーター」と定義し、トイレなどからの汚水とは区別している。

日本の海洋汚染防止法も、船舶や海洋施設からの廃棄物の排出を原則禁止する一方、施設内で生活する人から生じる汚水などについて、一定の基準を満たした排出を認める規定を設けている。

つまり、海上で多数の人が生活する船舶や海洋施設から生活由来の排水が海へ放流されること自体は、法制度上も想定されている。

もちろん「合法であること」と「環境への影響がないこと」は別問題である。重要なのは、何を、どの程度の量と濃度で、どのような処理を経て排出しているのかという点だ。

では、100~120人が生活すると、どの程度の雑排水が発生するのだろうか。

正確な排水量はリグ側の実測データを確認する必要があるが、船舶における生活雑排水(グレーウォーター)の発生量については、米国環境保護庁(EPA)の調査で、大型クルーズ船では1人1日平均約254リットルとの数値が示されている。ただし、乗客が多数乗船し、シャワーや洗濯、厨房などで大量の水を使用するクルーズ船は、掘削リグの比較対象としてはかなり大きめの数字と考えられる。

一方、船種別の推計では、貨物船で約119リットル、タンカーで約105リットル、オフショア支援船で約153リットル/人・日という数値も示されている。

そこで、これらの数値を参考に、掘削リグで発生する生活雑排水を仮に1人1日100~150リットル程度と置いてみる。

100~120人なら、1日約10~18立方メートルとなる。

「100人以上の生活排水」と聞くと大量に感じるかもしれない。

しかし最大側の18立方メートルで計算しても、24時間で平均すれば1分あたり約12.5リットルである。一般家庭の水道の蛇口から流れる水量と同程度のオーダーが、沖合の海へ継続的に放流される計算になる。

しかも、ここにはし尿を含まない。

さらに放流先は東京湾のような閉鎖性の高い内湾ではなく、太平洋に直接開いた九十九里沖である。

海へ出た生活雑排水は、波浪や海流などによって希釈・拡散される。また、洗剤などに含まれる一般的な界面活性剤の多くは環境中でも生分解されていく。

もちろん、だから「海へ何を流しても問題ない」という話ではない。

排出口付近で局所的な環境影響が生じる可能性を評価するのであれば、実際の排水量、排水に含まれる物質、その濃度、処理方法などを確認する必要がある。

しかし今回問題になっているのは、一番近い片貝海岸でもそこからさらに約5キロ離れた先である。

リグからの生活雑排水が九十九里沿岸を汚染したと仮定するのであれば、リグからどの物質がどの程度排出され、それが海流によってどのように移動し、海岸にどの程度の濃度で到達し、さらにハマグリや魚などにどのような影響を与えたのか。

少なくとも、そこまでをつなぐ何らかのデータが必要になる。

「生活雑排水が海へ放流されている」という事実だけでは、「九十九里の海がその排水によって汚染された」という結論を導くのもかなりの無理筋だ。

A重油説、生活排水説ともに根拠は乏しい

ここまで確認した事実を整理すると、山武ジャーナルとしての現時点での結論は比較的明確である。

8月22日のA重油流出事故と、今回のハマグリ大量打ち上げを直接結び付ける合理的な根拠は、現時点では確認できない。

同様に、掘削リグから日常的に排出されている生活雑排水によって九十九里の海が汚染され、ハマグリをはじめとする生物に今回のような影響を与えたと判断できる根拠も確認できない。

したがって山武ジャーナルでは、

「A重油流出事故が原因である」

あるいは、

「リグからの生活雑排水による海洋汚染が原因である」

という二つの説については、現時点ではその可能性は極めて低いと判断する。

だからと言って、これで「首都圏CCS事業と今回のハマグリ大量打ち上げには何の関係もない」とまで結論付けることができるのだろうか。

ここまでの検証では、A重油流出事故と生活雑排水による海洋汚染という二つの説について、その可能性は極めて低いとの結論に至った。

しかし、それは今回のハマグリ大量打ち上げの原因が特定されたことを意味しない。

そして、「A重油や生活排水が原因ではない」ことと、「首都圏CCS事業とは一切関係がない」ことも同義ではない。

では、ほかにどのような可能性が考えられるのだろうか。

8月13日の記録的豪雨説

まず考えなければならないのは、九十九里地域を襲った記録的な豪雨である。

8月13日夜から14日未明にかけて、千葉県では線状降水帯が発生し、九十九里沿岸を含む外房地域でも猛烈な雨が降った。

山武市でも長時間にわたって激しい雨と雷が続いた。

大量の雨が降れば、河川や水路を通じて大量の淡水が海へ流れ込む。

それによって沿岸部では一時的に塩分濃度や濁度、水温、溶存酸素などが変化する可能性がある。また、大量の水とともに土砂や有機物、流木などが海へ流れ込む。

さらに、その後の波浪や沿岸流によって海底の砂が攪乱されれば、砂中に潜って生活するハマグリが海底から洗い出されることも考えられる。

実際、2020年に九十九里浜で推定約350トンものハマグリが打ち上げられた際にも、海況の変化によってハマグリが砂中に潜る能力を失い、波によって打ち上げられた可能性が指摘されている。

ただし、今回の大量打ち上げが8月13日の豪雨によって引き起こされたことを示すデータがあるわけではない。

これも現時点では、一つの仮説にすぎない。

掘削作業の騒音・振動説

そして、ここでもう一つ検討しておきたいものがある。

それが、現在片貝沖約5キロで行われている試掘作業そのものである。

首都圏CCS株式会社は、掘削時の騒音について防音措置を講じていると説明している。

同社の説明では、掘削は金属製のガイドとなる構造物の中で行われ、音が発生するとすればドリルなどが金属部分に接触した際の「カン、カン」というような音だという。

しかし、地下数千メートルへ向けて実際に地層を削っている以上、問題になるのは人間の耳に聞こえる「騒音」だけではない。

掘削ビットが岩盤を削る際の振動、ドリルストリングの回転やねじれによる振動、機械設備から発生する低周波振動などが、海水や海底地盤を通じて周囲へ伝わる可能性も考える必要がある。

海外では、人為的な水中音によって二枚貝の潜砂行動や代謝などに変化が生じたとする実験や、海底地盤を伝わる振動が二枚貝に与える影響を調べた研究が報告されている。

しかし、それを示すデータは現時点では何もない。

掘削地点で実際にどの程度の水中音や海底地盤振動が発生しているのか。

それが約5キロ離れた沿岸まで、どの程度の強さで到達するのか。

そして、その周波数や強度がチョウセンハマグリの行動や生理に影響を与えるものなのか。

これらを検証しない限り、掘削との因果関係を論じることはできない。

しかし逆に言えば、こうしたデータが確認されていない段階で、

「首都圏CCS事業とは無関係である」

と断定することも、またできないのではないだろうか。

住民の不安には「安心」ではなく「データ」を

首都圏CCS事業をめぐっては、これまでも地域住民から安全性や環境への影響についてさまざまな懸念が示されてきた。

そこへ今回、A重油流出事故が発生した。

流出量が37リットルであり、結果として海岸への漂着などが確認されなかったとしても、「事故が起きた」という事実が、それまで地域に存在していた不安をさらに上書きしたことは間違いない。

そして今、その海岸には大量のハマグリが打ち上げられている。

現時点で、今回のハマグリ大量打ち上げが首都圏CCS事業によって引き起こされたと判断できる証拠はない。

同時に、首都圏CCS事業と無関係の別の原因があるという証明もされていない。しかし、

しかし、このまま原因究明が進まなければ、地域住民の不安だけが取り残されてしまう。

今事業者の求められるのは、測定し、調べ、その結果を公開することではないだろうか。

原因が自然現象なのであれば、そうと分かることも地域にとって重要だ。

首都圏CCS事業とは無関係なのであれば、そのことを客観的なデータによって確認できることは、事業者にとっても決して不利益ではないはずだ。

今回の試掘は、将来の大規模なCO₂圧入を見据えた調査の第一歩でもある。

この事業を今後も九十九里沖で続けていくのであれば、ただ地域住民に「安心してください」と求めるのではなく、住民自身が判断できる材料を示していくことが必要ではないだろうか。

今回のハマグリ大量打ち上げについて、現時点で山武ジャーナルが出せる結論は「原因不明」である。

九十九里の海でいま何が起きているのか。

関係機関による客観的な調査と、その結果の公表を期待したい。

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