
前回のコラムのテーマは、首都圏CCS事業をめぐる「もう一本のパイプライン」だった。
一本目は実体のパイプライン。
東京湾岸などで回収した二酸化炭素(CO₂)を千葉県君津市方面に集め、房総半島を横断する約80kmのパイプラインで九十九里沖まで運び、地下深くに圧入・貯留する計画だ。
しかし、この事業について調べていくと、もう一本、目には見えないパイプラインが浮かび上がってくる。
霞が関から九十九里へと伸びる、政策とカネと人のパイプラインである。
経済産業省・資源エネルギー庁が政策を作り、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が巨額の公的資金を動かし、その先にはINPEXをはじめとする巨大エネルギー企業がいる。
さらに、その周囲には建設会社、エンジニアリング会社、研究機関、大学、業界団体、地方自治体などが連なる。
前回の記事では、これを「もう一本のパイプライン」と表現した。
ところが、その記事を書きながら、筆者は奇妙な既視感にとらわれた。
これとよく似たものを、私たちは以前にも見たことがあるのではないか。
「原子力ムラ」だ。
「原子力ムラ」とは何だったのか
「原子力ムラ」という言葉が広く知られるようになったのは、2011年3月の福島第一原子力発電所事故以降だろう。
原子力ムラとは、単に原発を運営する電力会社だけを指す言葉ではない。
原子力政策を所管する官庁、電力会社、原子炉メーカー、研究機関、大学、学者、業界団体、政治家、立地自治体など、原子力という巨大な国策を中心として形成された政策共同体を指して使われてきた言葉である。
そこには巨額の資金が流れた。
国は原子力政策を進め、電力会社は原発を建設・運転し、メーカーは原子炉や関連設備を受注する。
大学や研究機関には研究費が流れ、原発を受け入れた地域には交付金が入り、官民の間では人材が行き来した。
もちろん、誰か一人が秘密の会議室に関係者を集め、「原子力を推進せよ」と命令していたわけではない。
それぞれの組織には、それぞれ原子力政策を続ける合理的な理由があった。
しかし、政策が続くことで多くの関係者に「続ける理由」が生まれれば、全体として政策を維持・拡大する方向へ力が働く。
それこそが「ムラ」と呼ばれた構造の本質だったのだろう。
福島第一原発事故で可視化された「ムラ」の構造
2011年3月11日、その構造に巨大な衝撃を与えたのが福島第一原発事故だった。
事故そのものの深刻さはもちろんだが、もう一つ大きかったのは、それまで一般には見えにくかった原子力政策をめぐる官・産・学の関係が、一気に社会の目にさらされたことだ。
「安全神話」という言葉とともに、「原子力ムラ」という言葉も広く使われるようになった。
そして、日本の原子力産業そのものも大きな打撃を受けた。
国内では原発の新設が極めて困難になり、日本メーカーが期待を寄せた海外原発事業でも撤退や計画凍結が相次いだ。
東芝傘下だった米原子力大手ウェスチングハウスは2017年、米連邦破産法11条(Chapter 11)の適用を申請。東芝は巨額の損失と親会社保証への対応を迫られ、ウェスチングハウス関連資産を売却することになった。
日立製作所も、英国で進めていた原発新設計画を2019年に凍結し、翌2020年には事業からの撤退を正式に発表した。
かつて日本の成長産業の一つとして海外展開まで期待されていた原子力産業は、福島事故以降、大きく後退した。
原子力ムラは、少なくとも以前と同じ姿では存在できなくなった。
ところが、それから15年。
日本のエネルギー政策を眺めていると、少々皮肉な光景が見えてくる。
「脱炭素」という巨大な村
日本政府は現在、「2050年カーボンニュートラル」を掲げ、GX(グリーントランスフォーメーション)を国家戦略として進めている。
その対象は実に広い。
太陽光発電。
風力発電。
蓄電池。
水素。
アンモニア。
CCS・CCUS。
次世代燃料。
そして、原子力。
技術的にも産業的にもまったく異なるものが、「二酸化炭素の排出を減らす」という一つの政策目標の下に集められている。
そして、その周囲には再び巨大な政策共同体が形成されているように見える。
経済産業省・資源エネルギー庁。
JOGMECをはじめとする政府系機関。
電力会社。
石油・ガス会社。
原発メーカー。
再生可能エネルギー事業者。
建設会社やエンジニアリング会社。
大学、研究機関、研究者。
金融機関。
地方自治体。
さらに、その政策を支持し、あるいは特定の技術を推進する市民団体や環境団体まで視野を広げれば、その裾野は非常に広い。
ここには、かつての「原子力ムラ」と奇妙なほどよく似た構造があるのではないか。
山武ジャーナルでは、この巨大な政策共同体を、
「脱炭素ムラ」
と呼ぶことにする。
原子力ムラは消えたのか
そう考えると、さらに皮肉なことに気づく。
福島第一原発事故によって大きな打撃を受けた原子力は、現在、「脱炭素電源」という新しい意味を与えられ、再び国のエネルギー政策の中で存在感を増している。
2025年に閣議決定された第7次エネルギー基本計画やGX2040ビジョンでは、再生可能エネルギーと原子力がともに「脱炭素電源」として位置付けられ、その最大限の活用が掲げられている。
かつて「原子力ムラ」の中心にあった原子力が、今度は「GX」「カーボンニュートラル」という、さらに大きな政策体系の中に組み込まれた格好だ。
つまり、「原子力ムラ」は完全に消滅したわけではない。
むしろ、より巨大な「脱炭素ムラ」の中へ吸収されつつある、と見ることもできる。
言ってみれば、原子力ムラは「脱炭素ムラ」の一つの町内会になったのである。
再エネも同じ村の住人
もちろん、同じ村に住んでいるからといって、住民同士が仲良しとは限らない。
原発推進派は、「原子力は発電時にCO₂をほとんど排出しない。カーボンニュートラルには原発が必要だ」と主張する。
再生可能エネルギー推進派は、「原発ではなく、太陽光や風力などの再エネを増やすべきだ」と主張する。
CCS推進派は、「当面は化石燃料を使いながら、排出されるCO₂を回収して地下に貯留すればいい」と考える。
それに対して環境団体などからは、「CCSは化石燃料産業を延命させるだけであり、再エネへ転換すべきだ」という批判が出る。
水素やアンモニアをめぐっても、それぞれ異なる立場がある。
一見すると、彼らは激しく対立している。
しかし、一歩引いて眺めてみよう。
「人為的なCO₂排出を大幅に減らさなければならない」
という大前提については、多くの場合、驚くほど一致している。
違うのは、そのために何を使うかだ。
原発なのか。
再エネなのか。
CCSなのか。
水素なのか。
アンモニアなのか。
つまり彼らは、ムラ同士が水争いをしているという訳ではなく、
同じ「脱炭素ムラ」の中で、どの技術を採用するかをめぐって争っている別々の町内会
と見ることもできる。
原発推進派と反原発・再エネ推進派が同じ村の住人だと言えば、双方から怒られるかもしれない。
しかし、「2050年カーボンニュートラル」という村の境界線を引いてみれば、意外とそう見えてくるから面白い。

町内会が争っても、村は大きくなる
そして、もう一つ興味深いことがある。
原発か、再エネか。
CCSか、脱化石燃料か。
水素か、電化か。
「脱炭素ムラ」の町内会同士がどれほど激しく争っても、脱炭素政策そのものが拡大する限り、村全体は大きくなる。
新しい制度が作られる。
新しい補助事業が始まる。
新しい予算が付く。
新しい官民組織が必要になる。
企業には新しい市場が生まれる。
大学や研究機関には新しい研究テーマが生まれる。
そして当然、それを所管する行政組織の仕事と権限も増えていく。
その様子を見ながら、ひそかにほくそ笑んでいるのは誰なのだろう。
少なくとも、「脱炭素」という巨大な国家政策が拡大するとき、カネだけでなく、人と権限がどのように動いているのかは、今後詳しく調べてみる価値がありそうだ。

九十九里から見えてきた「脱炭素ムラ」の片鱗
筆者がこのことを考えるようになったきっかけは、壮大な国家エネルギー政策を研究していたからではない。
九十九里沖に突然現れた巨大な掘削リグだった。
そこから首都圏CCSについて調べ始めた。
首都圏CCS株式会社を調べればINPEXにたどり着く。
INPEXを調べればJOGMECにたどり着く。
JOGMECを調べれば経済産業省・資源エネルギー庁にたどり着く。
そして、その周囲を見渡してみると、CCSだけではない巨大な政策体系が見えてきた。
一本のパイプラインを逆方向にたどっていたら、いつの間にか「村」に着いてしまったようなものである。
JOGMECが進める「先進的CCS事業」は、その「脱炭素ムラ」の構造を観察するには格好のケーススタディなのかもしれない。
村の「大前提」は正しいのか
ここまで筆者は、首都圏CCSという「手段」について調べてきた。
しかし、ここまで来ると、もう一つ避けて通れない疑問が出てくる。
脱炭素ムラの中にある原子力町内会も、再エネ町内会も、CCS町内会も、水素・アンモニア町内会も、方法論についてはそれぞれ大きく立場が異なる。
ところが、村全体でほぼ共有されている前提がある。
二酸化炭素を減らさなければならない。
そもそも、この巨大な脱炭素ムラが共有している「大前提」は、どのような科学的根拠の上に成り立っているのだろうか。
人間が排出するCO₂は、地球の気温にどの程度影響しているのか。
どこまでが観測された事実で、どこからが将来予測なのか。
そして、それを前提として日本が進めている「脱炭素」という政策は、費用や効果まで含めて合理的なものなのか。
九十九里沖の首都圏CCSについてこれからも論じていくのであれば、どうやらその出発点まで一度遡る必要がありそうだ。
それについては、稿を改めて考えてみたい。
