
読者諸兄は、これが何色に見えるだろうか?
法律は厳格に運用されるべきだと言われる。しかし現実には「グレー」な運用も多く存在する。
例えば、自動車の速度取り締まりだ。
制限速度50km/hの道路を55km/hで走行しても、直ちに取り締まられることはほとんどない。しかし90km/hで走れば、まず間違いなく取り締まられる。
どちらも制限速度違反であることに変わりはないが、現実の運用ではある程度の「グレー」が存在する。
制限50km/hに対して5km/hオーバー、つまり10%のグレー状態をDTPアプリで制作すると、次の様になる。
10%のグレーはむしろ白に近いと言える。
一方、40km/hオーバーの80%のグレー状態を同じ様に表すとこの様になる。
こちらは黒に近い。
どちらも違反ではあるが、グレーが濃くなるほど違反の深刻さは増し、摘発された場合の点数や反則金の額は大きく異なる。この様に視覚化すると、感覚的に理解しやすくなる。
公職選挙法にも、これと似た「グレー」が存在する。
公職選挙法は、選挙期間外の選挙活動や買収などを禁止し、すべての候補者が平等な条件で立候補できるようにするための、民主主義の根幹を支える法律である。
しかし一方で、日本国憲法では政治活動の自由が認められている。そのため「政治活動」と「選挙活動」の境界はしばしば曖昧となり、その結果公選法の運用には「グレー」が生じる場面が少なくない。
これは街でよく見かける、いわゆる政治家の「2連ポスター」だ。
本来、公職選挙法では選挙期間外の候補者のポスター掲示は禁止されている。また選挙期間中であっても、定められた掲示板以外への掲示は認められていない。
それにもかかわらず、なぜこのようなポスターが街に掲示されているのだろうか。
ポスター中央を見ると「街頭演説会」と書かれている。そして二人の国会議員は「弁士」とされている。
このポスターは、二人の参議院議員が登壇する演説会の告知という「政治活動」の建前で作成されているため、公職選挙法の定める「選挙活動」には当たらないという体裁となっているのだ。
しかし、よく見ると奇妙な点がある。
演説会の日時や場所は遠目では判別できないほど小さく書かれており、しかも日時は「8月3日午前10時」としか書かれていない。これでは令和何年の8月3日なのか分からないので、このポスターは演説会の告知としては事実上機能していない。
このようなポスターは事実上、「政治活動」の体裁を保つことによって、公職選挙法で選挙活動が禁止された時期や場所で、政治家が次の選挙に向けて顔と名前を周知させるために存在している。
2連ポスターはあくまで「政治活動」の体裁であり、公職選挙法に明文化された制度ではない。法律上明確な基準も存在しない。
しかし、公選法上の「選挙活動」と見なされないための慣行として
・弁士二人
・演説会の告知
これらの面積がおおむね三分の一ずつというガイドラインが、判例や実務運用から事実上存在すると言われている。
言い換えれば、2連ポスターとは
・66%(2/3)程度のグレー
が暗黙の了解として許容されている構造だと言える。
では次に、4月の山武市長選挙に立候補を表明し、自民党千葉県連から推薦を受けている小野崎正喜県議の2連ポスターを見てみよう。
弁士二人の間に白いスペースを設け、一見すると2連ポスターとしての体裁は保たれているかのように見える。
しかし、そのスペースにあるのは政治的なキャチフレーズであり、問題はこのポスターが「政治活動」としての体裁を保つための告知部分である。
このポスターの右下には、小さな直角三角形で「自民党演説会」という告知スペースが設けられているが、実測すると底辺が27cm、高さが14.5cmで面積は195.75㎠、A1サイズのポスター全体の面積の 4%未満 に過ぎない。しかも、日時や場所はよほど近づかなければ判読できないほど小さな文字で書かれており、こちらもただ「8月17日午後4時」とだけ書かれており、「何年」かは明示されていない。

これが演説会という「政治活動」を告知するポスターと言えるだろうか。
このポスターが実際に果たしている機能は、おおむね次の二つだろう。
・石井議員と小野崎県議の知名度向上
・小野崎県議の後ろ盾に石井議員がいるという印象付け
つまり実質的には、次の選挙に向けた政治家の宣伝ポスターとして機能していると言わざるを得ない。
さらにここで特筆すべきは、小野崎県議の場合、同じ石井議員との2連ポスターでも、うすい議員のものとは構成が大きく異なる点だ。
うすい議員は、中心部に目測でほぼ1/3の演説会告知スペースを設け、慣習として暗黙に認められてきた 66%のグレー を守ろうとしている。
一方で小野崎県議のポスターの告知面積はわずか4%、つまり96%のグレー まで攻めている。
冒頭で示したのは、まさにこの96%のグレー、もはや漆黒と見分けがつかない限りなく黒に近いグレーだ。
法律のグレー運用のすべてを否定するつもりはない。
例えば、破水した妊婦を病院へ運ぶ途中、スピード違反でパトカーに止められた車があった。事情を聞いた警察官は違反を取り締まるのではなく、パトカーで病院まで先導したという。
あるいは災害派遣の現場での話。
自衛隊の救助活動は原則として人命救助が対象であり、動物は対象外とされている。しかし犬を抱えて救助を求める被災者に対し、隊員はこう尋ねた。
「こちらはご家族ですか?」
被災者が「はい」と答えると、隊員はためらいもなくその犬も一緒に救助したという。
こうした判断は、むしろ美談として語られる。
これらは法律のグレー運用が「誰かのため」に行われたからではないだろうか。
一方で、小野崎県議が2連ポスターを 96%のグレー まで攻めることは、一体誰のためになるというのか。
そこにあるのは
・自身の知名度向上
・大物参議院議員という後ろ盾の誇示
それだけではないのか。
それは誰かを救うためでも、誰かを幸せにするためのグレーではない。
「次の選挙で当選したい」という自らの利益のためだけに攻められたグレー である。
そして、その色がもはやグレーとは呼べない、限りなく黒に近いグレーであるという事実。
次期山武市長に、そのような極めて危ういコンプライアンス感覚を持つ人物が就くとしたら──
山武市の行政は、いったい何色に染まるのだろうか。
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