山武ジャーナルでは、これまでサイズ超過で公選法違反状態だった小野崎正喜県議の看板の問題を報じてきたが、この様な政治活動用看板について、もう一つ重要な要素に「証票」がある。
公職選挙法第143条第17項には、以下の様な定めがある
公職の候補者等又はこれらの者に係る後援団体が政治活動のために使用する事務所に掲げる立札及び看板の類は、選挙管理委員会の定める証票を表示しなければならない。
「証票」とは、選挙管理委員会が発行し、概ね4年の有効期限が設定されている。議員や市長といった公職者が政治活動用の看板を設置する場合、この証票を表示することが公職選挙法で明確に定められている。証票の取得手続きは極めて簡易で、設置場所などを記載した申請書を管轄の選挙管理委員会に提出すれば、基本的にその場で発行され、手数料も発生しない。
今回問題とするのは、任期満了で引退を表明している松下浩明山武市長の政治活動用看板で、市内某所に設置された松下市長の看板の証票は、「070」という番号以外は完全に判読不能の状態となっていた。
松下市長の証票発行管轄である山武選挙管理委員会に確認したところ、「070」という番号はそもそも市選管では存在せず、県議時代に県選管で発行させれたものである可能性が高いとのことだった。しかし、その後市選管から県選管に照会したところ、「わからない」という回答だったという。
そこで山武ジャーナルが改めて千葉県選挙管理員会に取材したところ、証票は4年ごとに更新されるため、それ以前の発行履歴は管理していないとのことだった。また、松下氏が県議を辞職して山武市長になったのは8年前なので、現在の証票の発行管轄は県選管でなく市選管であるとの回答も得た。
これらの事実から、4年以内に山武市選管から有効な証票が発行されていないのであれば、松下市長のこの看板は、公職選挙法上適切な掲示物とは言い難い。また、この2枚の他に別の場所に設置された看板がある場合も、市選管で証票の発行が確認されない以上、それらもすべて公選法上不適切な掲示物となる。
この証票の件について、山武市選管が松下市長に確認したとことろ、市長は「看板は近く撤去する予定」と回答したという。
松下氏の看板については、県会議員時代に設置していたものも、公職選挙法上不適切な状態であったことを確認している。これは松下氏が市長になって約1年後の2019年頃まで市内各所に設置されていた看板で、「県政より──」というキャッチフレーズからわかる通り、県議時代から継続して設置されていたものだが、この看板には証票が表示されていなかった。
この看板は市民からの指摘を受け、その後撤去された。
ここで確認しておきたいのは、今回の問題が単なる「証票の劣化」や「古い看板の放置」といった形式的な瑕疵にとどまるのか、という点である。
もちろん、撤去すること自体は是正措置として当然である。しかし、問題の本質はそこではない。
本来、県会議員、あるいは山武市長ともなれば、自身の政治活動用看板の適法性については自ら確認し、公選法で定められた証票の有効期限や状態を管理しておくべき立場である。ところが、松下市長は県議時代の看板と同様に、今回も外部からの指摘を受けて初めて動く形となった。
この構図は何を示しているのか。
8年間の松下市政を振り返ると、小松浜残土問題や修繕費未払い問題など、事前のリスク管理より事後対応が目立った。法令遵守や契約管理を「最初から徹底する」というより、「問題化したら対処する」という姿勢がそこに透けて見えた。
この看板問題も、その延長線上──市のトップのコンプライアンス意識にあると見ることはできないだろうか。
トップのコンプライアンス=法令遵守意識は、組織文化を決定づける。
- 「このくらいなら問題ない」
- 「指摘されなければそのままでよい」
こうした小さな判断の積み重ねが、やがて行政全体の法令遵守の基準を静かに引き下げていく。小松浜残土問題や修繕費未払い問題は、ともすればその延長線上に発生した必然という見方もできるかもしれない。
そして、この様なコンプライアンス意識は、次期市長候補の一人として名乗りをあげている小野崎県議の、一連の看板問題と奇しくも同じ構図を示している。
そして、松下市長と小野崎県議には、
- 県会議員から市長転身を目指す
- 自民党千葉県連からの推薦
という点で、属性的にも全く同じ構図がある。
高市早苗総理率いる自民党は、「法令遵守」や「説明責任の徹底」を繰り返し掲げ、2月の衆院選で歴史的な大勝を収めた。統一教会問題や裏金問題を受け、組織の規律や説明責任の在り方が強く問われる中、規律を正し、信頼を回復するというメッセージは、多くの有権者に支持された。
しかし、その同じ党の地方組織である自民党千葉県連は、推薦を出した小野崎県議のコンプライアンス問題について「回答しない」という姿勢を示した。
国政で強調される理念が、地方組織において共有されていないとすれば、それは単なる温度差では済まない。衆院選で自民党に一票を投じた多くの有権者の信頼は、どこで、どのように担保されるのだろうか。
小松浜残土問題や修繕費未払い問題を経た今、山武市に問われているものも同様だ。
過去に発生した問題の解決はもちろん重要だ。しかしそれ以上に、一度失った市民の信頼をいかに回復していくかということが、今の山武市にとって最優先の課題ではないだろうか。
そのために、今、私たち市民に求められているのは、これからの山武市政を誰に託すべきかという選択である。
今回明らかになった松下市長の看板問題は、「問題が指摘されるまで動かない」というトップの姿勢を象徴し、判断基準がどこに置かれているのかを端的に示した。
そして、その構図は、次期市長候補の一人である小野崎県議の一連の看板問題と酷似している。
- 「このくらいなら問題ない」
- 「指摘されなければそのままでよい」
この様な判断基準は、私たち市民が市政を託す市長のものとしては、あまりにも危うい。
たとえ選挙で市長の顔が変わったとしても、こうした判断基準が共通のままなら、果たして市政の根本的な体質改善が期待できるだろうか。
たかが看板一枚、些細な問題というかもしれない。
されどコンプライアンス=法令遵守をどう考えるかというトップの姿勢は、市政の方向性を決定づける極めて重大な問題だ。
私たち山武市民は、同じコンプライアンス意識の延長線上の市政を望むのか。それとも、ガバナンス=組織統治とコンプライアンス体制を刷新した新生山武市の誕生を望むのか。
松下市長の風化した証票は、その分岐点を示している。



