# 【オピニオン】「このくらいなら」が招くガバナンスの崩壊──小野崎県議「足切り看板」に透ける、次期山武市長として最も不適格な理由

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- 公開日: 2026-02-22T12:05:05+09:00
- 作成者: 編集長

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2018年から8年間続いた松下市政は、効率性を優先するあまり、市民との対話や説明責任を
軽視し、結果として深刻な統治不全を残した。

その象徴が、山武市の公有地で実施された公共事業において、条例違反の産廃残土が想定
以上に積み上げられ、近隣住民の生活環境に深刻な影響を与えた「小松浜残土問題」である。

また2022年度には、市土木課の係長が上司の決裁を受けないまま道路や水路の修繕工事17
件（計1884万8000円）を随意契約で発注し、業者への支払いが長期間滞るという前代未聞
の不祥事も発覚している。市側は「市民要望に早く応えたかった」と説明したが、結果として
正式な決裁プロセスと予算管理が完全に形骸化していたことが露呈した。

これらは単なる個別トラブルではない。 行政組織を適正に統治する「ガバナンス（組織統治）」
の機能不全、そして法令や条例を厳格に守る「コンプライアンス（法令遵守）」意識の欠如
が生んだ構造的問題である。

いま山武市に最も求められているのは、この二つを根本から立て直すことである。

しかし、次期市長選への出馬を表明している小野崎正喜県議の最近の行動は、その責務を
担うに足る資質があるのかという根本的疑問を、市民に突きつけている。

## 報道翌日の「姑息な撤去」と、「放置された違反」

山武ジャーナルは2月16日、小野崎県議の政治活動用看板が、公職選挙法施行令で定められ
た高さ150センチ以内という規定を約30センチ超過していることを報じた。

> [【独自】小野崎県議の政治活動用看板が規定サイズを30センチオーバー。公選法違反の疑いが濃厚](https://sammu-journal.com/?p=3109)

翌日、市内各所に設置されていた当該看板は、確認できる限り一斉に撤去された。

残った1か所については、看板の足を物理的に切断し、高さのみを150センチ以内に収める
という対応が取られていた。

一見すると是正である。 しかし、記事では指摘していなかったが、地面固定用に後付けさ
れた補助脚が、横幅の規定40センチ以内を6センチ超過（実測46センチ）している違法状態
は放置されたままだった。

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これは改善とは言えない。

法令違反を指摘されたのであれば、本来、議員という立場にある者は関係条文を精査し、
規定を完全に満たすにはどのように改善すべきかを法的に検討する責任がある。高さだけ
でなく、横幅の上限40センチという規定も当然確認すべきだった。

しかし今回の対応から透けて見えるのは、「高さを直せば文句はないだろう」という姿勢
である。指摘された部分だけを直し、全体の適法性を確認しない──これは30センチや6センチ
という単なる数値の問題ではない。

問われているのは、法令を正確に読み解き、組織に徹底させる立場にある議員としての資質、
すなわち統治者としての基本的な法令理解力とコンプライアンス意識そのものだ。

## 「このくらいなら大丈夫」という思考様式

一度違反を指摘され、社会の目が向けられている状況下で、なお法令条文を精査せず、「
高ささえ直せば足元は問題ないだろう」と判断したであろうその思考の甘さは、山武市の
行政運営の全てを司る市長には決して許されるものではない。

小野崎氏は過去、本紙の取材に対し、若い頃について「ヤンチャな時代だった」「多少の
改造バイクに乗っていた」と語っている。

多少ならいい。 このくらいなら問題ない。

今回の「足切り補修」は、その感覚の延長線上にあるように見える。

ルールを厳格に守る発想ではなく、 ギリギリをすり抜けようとする姿勢。バレなければいい
だろうという意識。

コンプライアンスとは、見つからなければよいという発想ではない。 条文を読み込み、疑義
があれば確認し、最も厳しい基準で整える姿勢のことだ。

その基本動作ができない人物に、行政組織全体の統治を委ねることは、山武市民全体の大きな
リスクである。

## 次期市長に「最も適さない理由」

小松浜残土問題、修繕費未払い問題、そして今回の看板違反。 これらは性質の異なる出来事
のように見えて、実は一本の線でつながっている。

いずれも共通しているのは、

・ルールが現場で軽視され

・チェック機能が働かず

・発覚してから場当たり的に取り繕う

という、地方公共団体としてのガバナンスの深刻な劣化である。

係長による無断発注も、産廃残土の想定外堆積も、看板サイズの「足切り是正」も、本質
は同じだ。問題が起きるまで止められず、起きてから慌てて帳尻を合わせる──山武市の行政
と、古い体質の政治家に染みついた悪癖である。

そして今回、小野崎県議自身が、その縮図を自ら体現してしまった。

法令違反を指摘されながら条文を精査せず、指摘された箇所だけを直して済ませる。その
姿勢は、統治者に求められる最低限の自己点検すら放棄しているように見える。

次期山武市長に求められるのは、場当たり的な対処ではなく、問題の芽を事前に摘み取る
統治力であり、誰よりもルールを厳格に守ろうという強い意志だ。

自身の看板ひとつを適法に整えられない人物に、市政全体のガバナンスとコンプライアン
スを託すことができるのだろうか？

次期市長候補に名乗りを上げた小野崎県議は、今回の一連の対応によって、自らその不適格
性を証明してしまったと言わざるを得ない。

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