# 【山武市児童向け】日本とスリランカのきずなについて考えてみよう

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- 公開日: 2018-09-14T18:00:18+09:00
- 作成者: 編集長

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君きみたちは「スリランカ」という国くにを知しっているかい？

山武市さんむしが２０２０年ねんに開ひらかれる東京とうきょうオリンピックの時とき、
スリランカの選手せんしゅたちを呼よんでキャンプをしてもらう約束やくそくをしたので、
その前まえに少すこしでも君きみたちや山武市さんむしの人ひとたちと仲なかよくなるため
色々いろいろな取とり組くみをしているから、知しっている人ひとのほうが多おおいだろう。

でも、世界せかいには沢山たくさんの国くにがある中なかで、どうして君きみたちはスリランカ
の人ひとたちと仲なかよくするのか、考かんがえてみたことはある？

先生せんせいにいわれたから？　それとも、市しのえらい人ひとにいわれたから？

これからこのインターネットに書かいてあることを読よんだら、きっと君きみたちはだれ
にいわれなくてもスリランカの人ひとたちと仲なかよくなりたいと考かんがえるようになる
と思おもう。だから、少すこし長ながくなるかもしれないけれど、がんばって読よんでほしい。

世界せかいには色々いろいろな国くにがあって、そこに色々いろいろな人ひとが住すんで
いる。同おなじ人間にんげんでも言葉ことばや食たべ物もの、どんな神様かみさまを信しん
じているかなど、おたがいに違ちがう所ところがたくさんある。違ちがう所ところはそれだけ
ではない。はだの色いろ、目めの色いろ、髪かみの色いろ、心こころの中なかだけではなく、
外そとから見みただけで違ちがう所ところもたくさんある。それにはどっちが良よくてどっち
が悪わるいということはないんだ。たぶん、君きみたちのお父とうさんやお母かあさん、
先生せんせいも同おなじことをいうだろう。

でも、今いまからたった８０年ねんくらい前まえまでの世界せかいはそうではなかった。
その時ときの世界せかいでは、はだの白しろい「白人はくじん」が、それ以外いがいの黄色
きいろいはだの人ひと（私わたしたちもそう）や、黒くろいはだの人ひとたちを動物そう
ぶつや物ものの様ようにあつかっていたんだ。

ヨーロッパに住すんでいる白人はくじんたちは、武器ぶきをもってアジアや中東ちゅうとう、
アフリカ、アメリカ大陸たいりく、オーストラリアにどんどん攻せめていって、元々住もともと
すんでいた人ひとたちを殺ころしたり、無理むりやり言いうことを聞きかせて自分じぶん
たちのものにしてしまった。君きみたちはアメリカやオーストラリアは白人はくじんの国
くにだと思おもっているかもしれないけど、本当ほんとうは白人はくじんがもっともっと
昔むかしから住すんでいた人たちを殺ころして自分じぶんたちの国くににしてしまったん
だ。

スリランカも白人はくじんに四百年以上支配よんひゃくねんいじょうしはいされていた、
そんな国くにの一ひとつだった。

白人はくじんに支配しはいされた国くには「植民地しょくみんち」と呼よばれた。植民地
しょくみんちの人ひとは自由じゆうをうばわれ、教育きょういくも受うけられず、白人は
くじんたちにいわれるがまま、白人はくじんたちのためだけに働はたらかされた。白人は
くじんたちは自分じぶんたちがお金儲かねもうけをするために、植民地しょくみんちの畑
はたけで綿花めんかやお茶ちゃ、サトウキビやスパイスなどを作つくらせたから、かんじん
の食たべ物ものを作つくる畑はたけがなくなってしまい、飢うえ死じにしてしまった人ひと
が何千万人なんぜんまんにんもでた。

スリランカの紅茶こうちゃが有名ゆうめいなのは君きみたちも知しっているだろう。でも、
元々もともとはイギリス人じんが自分じぶんたちのお金かね儲もうけのためにインドから
無理むりやり連つれてきた人ひとたちに作つくらせたものだったんだ。これはもっと後あと
の話はなしになるのだけれど、お茶ちゃの栽培さいばいのためにインドから連つれて来こら
れた人ひとの子孫しそんと、元々もともとスリランカに住すんでいた人ひとたちの間あいだ
に争あらそいが起おこって、３０年以上ねんいじょうも苦くるしい内戦ないせんが続つづ
いて沢山たくさんのスリランカ人じんが犠牲ぎせいになった。

もし君きみたちがそんな植民地しょくみんちに生うまれたとしたら、どんな気持きもちに
なるだろうか。

自由じゆうになりたい。勉強べんきょうがしたい。皆みんなのために働はたらきたい。

植民地しょくみんちに生うまれたら、そんなあたり前まえの夢ゆめを持もつことも許ゆる
されなかったんだ。

そんな世界せかいの中なかで、私わたしたちの日本にほんだけが白人はくじんの植民地しょく
みんちにならないよう力ちからをつけることができた。

そして、今いまから百年以上前ひゃくねんいじょうまえの１９０５年ねん、日本にほんは
ロシアとの戦争せんそうに勝利しょうりした。

はだが白しろくないアジア人じんが、はじめて白人はくじんに勝かった。

このことは、白人はくじんに支配しはいされていた世界中せかいじゅうの植民地しょくみ
んちの人ひとたちに「いつか自分じぶんたちも白人はくじんに勝かてる日ひが来くるかも
しれない」という希望きぼうと勇気ゆうきをあたえた。それは、スリランカの人ひとたち
も同おなじだったんだ。

その後ご、日本にほんは白人はくじんたちに対たいして「人種差別じんしゅさべつをやめ
よう」と言いい続つづけた。一部いちぶの白人はくじんの国くには日本にほんの意見いけ
んに賛成さんせいしてくれたが、アメリカやイギリスといった大おおきな国くには最後さい
ごまで賛成さんせいしなかった。

そのうち世界せかいでは色々いろいろなことが重かさなって、大おおきな戦争せんそうが
始はじまった。

日本にほんはアジアの人ひとたちを植民地しょくみんちにして苦くるしめていた白人はくじ
んを追おい出だして、手てを取とり合あって皆みんなが豊ゆたかに暮くらせる、人種差別
じんしゅさべつのないアジアを作つくろうと戦たたかったんだ。白人はくじんたちはアジア
の人ひとたちを動物どうぶつや物もののようにあつかっていたけど、日本にほんは「世界
せかいは一家いっか。人類じんるいみな兄弟きょうだい」という考かんがえ方かただった。

でも、資源しげんが少すくない日本にほんはだんだん戦争せんそうを続つづけることが苦
くるしくなって、最後さいごは広島ひろしまと長崎ながさきに原げんばくを落おとされた
ことと、おたがいに戦争せんそうはしないと約束やくそくをしていたソ連れん（今いまの
ロシア）が裏切うらぎったことで、それ以上戦争いじょうせんそうを続つづけることができ
なくなって降伏こうふくした。１９４５年ねんの出来事できごとだった。

それから６年後ねんごの１９５１年ねん、戦争せんそうに負まけた日本にほんがもう一度
世界いちどせかいの国々くにぐにの仲間入なかまいりをするための「サンフランシスコ講和
会議こうわかいぎ」が開ひらかれた。そこでは、ソ連れんが「日本にほんはいくつかに分
わけて、戦争せんそうに勝かった国くにの植民地しょくみんちにしよう」という提案てい
あんをしていたのだけれども、それに反対はんたいしたのがスリランカ（その時ときはセイ
ロンという名前なまえだった）のジャヤワルダナさんだった。

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ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ(Wikipediaより）

ジャヤワルダナさんは会議かいぎに参加さんかしていた５１カ国こくの代表だいひょうの
前まえで、

「アジアの国々くにぐにに希望きぼうを与あたえた日本にほんは自由じゆうであるべきだ」

という内容ないようの演説えんぜつをした。（少すこしむずかしい文章ぶんしょうだが、
きょう味みのある人ひとはこの[リンク先](http://sammu-journal.com/post-1675/)のページ
を読よんでみてほしい）

ジャヤワルダナさんの演説えんぜつが終おわると、会場かいじょうはものすごい拍手はくし
ゅに包つつまれた。それはまるで会場かいじょうの窓まどガラスが割われるようだった。

そう。ジャヤワルダナさんの演説えんぜつに感動かんどうして拍手はくしゅをおくったの
は、それまで何百年なんびゃくねんも白人はくじんたちから植民地支配しょくみんちしはい
を受うけていたアジア、中東ちゅうとう、南米なんべいといった国々くにぐにだった。それらの
国々くにぐには日本にほんがたった４年間戦ねんかんたたかったことをきっかけに、次々
つぎつぎと白人はくじんの植民地支配しょくみんちしはいから独立どくりつしていたのだ。
そんな植民地しょくみんちの人ひとたちにとって、日本にほんという国くにがどう見みえ
たのか、ぜひ君きみたちに想像そうぞうしてみてほしい。

逆ぎゃくに白人はくじんたちから見みれば、自分じぶんたちに都合つごうの良よい植民地
しょくみんちが独立どくりつしてなくなってしまう原因げんいんになった日本にほんが、
とても憎にくらしかったかも知しれない。でも、ジャヤワルダナさんの演説えんぜつは、
そんな白人はくじんたちの心こころも動うごかしたのだ。

こうしてジャヤワルダナさんのおかげで、世界せかいの多おおくの国くにが日本にほんは
自由じゆうになった方ほうが良よいという意見いけんにまとまり、次つぎの年としに日本
にほんは独立どくりつすることができた。だから、もしジャヤワルダナさんがいなければ、
今いまの日本にほんはなかったかも知しれないんだ。

ジャヤワルダナさんはその後ごスリランカのために一生いっしょうけん命働めいはたらい
て、スリランカの大統領だいとうりょうになった。

大統領だいとうりょうになってからも、そして大統領だいとうりょうをやめた後あとも、
ジャヤワルダナさんはずっと日本にほんのことを思おもい続つづけてくれた。

昭和天皇しょうわてんのうが崩御ほうぎょ（亡なくなること）された時ときにも、ジャヤワルダナ
さんは遠とおく日本にほんまで駈かけつけてくれた。実じつは戦争せんそうが起おこるもっと
昔むかしの大正時代たいしょうじだい、昭和天皇しょうわてんのうはまだ皇太子こうたいしだ
ったころに日本にほんの軍艦ぐんかんに乗のってスリランカを訪おとずれていたんだ。まだ
子供こどもだったジャヤワルダナさんも、お母かあさんに連つれられてその軍艦ぐんかん
を見みに行いった。その時ときお母かあさんは、

「あれがロシアとの戦争せんそうに勝かった日本にほんの船ふねだよ。私わたしたちも日本人
にほんじんと同おなじアジア人じんなのだから、やればできるのよ」

とジャヤワルダナさんをはげましたそうだ。

私わたしたちの日本にほんを助たすけ、スリランカ人じんのために一生いっしょうけん命
働めいはたらいて来きたジャヤワルダナさんの心こころの中なかには、この時ときに見み
た日本にほんの軍艦ぐんかんとお母かあさんの言葉ことばがずっと残のこっていたのかも
知しれないね。

そして、ジャヤワルダナさんは、

「私わたしの右目みぎめはスリランカ人じんに、左目ひだりめは日本人にほんじんに」

という遺言ゆいごんを残のこして１９９６年ねんに亡なくなった。

そしてジャヤワルダナさんの角膜かくまく（目めのレンズの部分ぶぶん）は、遺言通ゆい
ごんどおり日本人にほんじんの目めに移植いしょくされた。

ジャヤワルダナさんは一体いったいどんな気持きもちで、自分じぶんの目めの片方かたほう
を日本人にほんじんのために残のこしてくれたのだろう。

さて、君きみたちは日本にほんとスリランカはどういう関係かんけいになるのがいいと思
おもう？

確たしかに君きみたちのほうがスリランカの子供こどもたちよりきれいな服ふくを着きて、
立派りっぱな学用品がくようひんを持もっていて、沢山たくさんおこづかいをもらっている
だろう。だから、スリランカの子供こどもたちに君きみたちのおこづかいの一部いちぶを
寄付きふしたりすれば、きっととても感謝かんしゃしてくれるだろう。

それはとてもいいことかもしれないが、本当ほんとうに大事だいじなのはその時ときの君
きみたちがどんな気持きもちなのかということだ。

お金かねや物ものをあげて相手あいてが感謝かんしゃしてくれるのを見みて自分じぶんが
気持きもち良よくなるだけだったら、それは相手あいてに対たいしてとても失礼しつれい
なことだと思おもわないか？

もう一度いちどジャヤワルダナさんのことを思おもい出だしてほしい。ジャヤワルダナさん
はどうして日本にほんを助たすけてくれたのだろう。それはジャヤワルダナさんが日本に
ほんを友達ともだちだと思おもってくれていたからではないだろうか。だからこそ、その
じゅんすいな気持きもちが世界せかいの人ひとたちの心こころを動うごかしたのではない
だろうか。

君きみたちは友達ともだちとの間あいだでどっちがえらいとか、お金かねや物ものをあげ
て言いうことをきかせようなんて考かんがえたことはないだろう。

でも大人おとなの中なかには、自分じぶんにとってわずかなお金かね＝相手あいてにとって
大おおきなお金かねで、「感謝かんしゃされる自分じぶん」に酔よいしれたり、「いいこと
をしている自分じぶん」を宣伝せんでんしたりするためにやっている人ひとも少すくなく
ないんだ。

２０２０年ねんのオリンピックが終おわってしまえば、山武市さんむしは国くにからお金
かねがもらえなくなるので、今いまのようなスリランカとの交流こうりゅうを続つづけてい
くのかわからない。でも、せっかく君きみたちはスリランカを知しったんだ。そのあとどうして
いくのか、考かんがえるのは君きみたちだ。

山武市さんむしにはここ３年ねんの間あいだに、たくさんのスリランカ人じんたちがやって
きた。でも、これはオリンピックとはぜんぜん関係かんけいのない、とてもおかしな話はなし
だ。

外国人がいこくじんが日本にほんに来きて仕事しごとや生活せいかつをするのは、すごく
きびしい法律ほうりつあるので本当ほんとうはかんたんなことではないのだけれど、一部
いちぶの無責任むせきにんな大人おとなが悪知恵わるぢえを使つかってスリランカ人じん
たちを山武市さんむしに呼よび寄よせたのかもしれないし、スリランカ人じんたちが悪知恵
わるぢえを使つかって日本にほんにやって来きたのかもしれない。

でも、これから君きみたちや私わたしたち山武市民さんむしみんは、そうして日本にほん
にやって来きたスリランカの人ひとたちとずっと一緒いっしょに暮くらしていくことになる。
はじめに書かいたように、人ひとには言葉ことばや食たべ物ものなどさまざまな違ちがい
がある。同おなじ日本人にほんじんならそのへんはだいたい同おなじなので、家族かぞく
や友達ともだち、近所きんじょの人ひとたちがどんなことを考かんがえているのかだいたい
想像そうぞうがつくから、よほどのことがなければふだんの生活せいかつでケンカになる
ことは少すくなないけれど、それが外国人がいこくじんだとそうはいかない。おたがいを
理解りかいし合あうまでには時間じかんもかかるし、努力どりょくも必要ひつようになって
くる。ケンカになることだってあるかも知しれない。

これからも山武市さんむしに暮くらす君きみたちや私わたしたちには、とてもむずかしい
宿題しゅくだいが出だされているんだ。

一部いちぶの無責任むせきにんな大人おとなたちがあまり深ふかく考かんがえないでやっ
たことで、なんの責任せきにんもない君きみたちにこんな大おおきな宿題しゅくだいを背負
せおわせてしまったのは、このインターネットを書かいている私わたしもひとりの大人おとな
としてとてもすまないと思おもっている。だから、せめてこれから世よの中なかをつくって
いく君きみたちには、日本にほんとスリランカとの間あいだにこれまでどんなことがあっ
たのかを知しってほしかったんだ。そして、スリランカの人ひとたちと本当ほんとうはどんな
関係かんけいをつくっていくのが良よいか、無責任むせきにんな大人おとなのかわりに考
かんがえてほしい。君きみたちなら山武市さんむしで暮くらしはじめたスリランカの人ひと
たちも一緒いっしょにに、人種差別じんしゅさべつがなく皆みんなが豊ゆたかに暮くらせる
すばらしい山武市さんむしをつくれるはずだ。

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