平成29年11月30日に開催された山武市議会一般質問において、八角公二議員より椎名市長の学歴詐称問題の追及が行われた。
一般質問の開始に先立ち、椎名市長と八角議員からそれぞれ次の資料が配布された。
椎名市長配布資料 | 八角議員配布資料 |
八角議員の指摘は
・8月29日に和田議員、副市長、総務部長立ち会いのもとで面談した際、市長は「修士論文は書いていない、学位も取っていない」と言っていた。
・ある市民が(山武ジャーナルの)折り込みを見て、真実が知りたいと思い、パリ第4大学を卒業した知人にその折り込みを送ったところ、「こんなものが卒業証書であるはずがない」と憤慨し、自身の卒業証書と親戚の卒業証書を送ってきた。
・その証書と椎名市長の開示した「学位証」とする書面を比較すると、椎名市長のものにはこの書面が何を示すものであるかの表記や、研究や論文の内容などが書かれていない。それ以外にインターネット上などに開示されているフランスの大学の卒業証書にあたるものも全て同じ書式である。
・したがって、椎名市長の書面が学位を証明するものであるかについては疑念がある。
というものだった。
これに対し、椎名市長はフランス大使館が発行したとするオピニオンレターを配布した。
添付されていた日本語訳の文章には、
・1977年に取得したMaitrise es Sciences Economiquesを修士号と訳したことは正確である。
・椎名様が学位を取得された1977年時点で第2サイクルを修了した学生に授与されていた学位はMaitriseだった。
・Robert仏和大辞典(小学館)などの仏和辞典にも、Maitriseは「大学の第2課程の」という注釈付きで、「修士号」と訳されている。
・もしもMaitriseを取得していた方が今からフランスの大学に応募申請すれば、第3サイクルであるDoctratに申請する条件を満たしている。
と書かれていた。
椎名市長はこれをもって学歴詐称ではないと答弁した。
山武ジャーナルがこれまで指摘してきたポイントは次の通りである。
・フランスの学位制度で修士=Master(マステール)が追加されたのは2002年以降であり、椎名市長が卒業したとする1977年に修士号を修めることは不可能ではないか。
・椎名市長が取得したとするMaitrise(メトリーズ)は、当時の大学4年の課程であり、現在は2年間のMaster(マステール)課程の1年目に吸収されており、辞書などの訳語として「修士」となっているとしても、これをもって日本で修士号を名乗れば詐称ではないか。
・フランスでは学位の授与権は国家が独占しているため、学位証はフランス国政府の発行する「国家免状」であるが、椎名市長が開示した書面は大学が発行したもので、正式に学位を証明するものとはいえないのではないか。
これらを踏まえ、いくつかの疑問点を指摘しておきたい。
疑問点1:椎名市長は単なる事務手続きの学位証明書の再交付ではなく、なぜ敢えてフランス大使館にオピニオンレターを求めたのか。
八角議員の資料にあるフランスの大学のメトリーズ証明書には、全て領事館で再交付を受けることが出来る旨が記載されている。
椎名市長は「提出した書面が唯一のもので、再発行しないと書いてある」と主張しているが、それが事実だとすればフランスの大学を卒業した人は再就職の際には卒業証明書の提出ができないことになる。
山武ジャーナルからも、8月29日にパリ第1大学の卒業証書再交付申請書を椎名市長に届け、正式な証明書の開示を申し入れをしたが、椎名市長はその申し出を拒絶している。
なぜ椎名市長は単なる事務手続きの証明書再発行を拒んでいるにもかかわらず、フランス大使館にオピニオンレターを求めたのだろうか。
これは八角議員の提出した資料のうち椎名市長の書面を他の証明書と比較したものであるが、これを見て分かる通り椎名市長のものにはこの書面が何を表すものであるかという表題と、どんな研究をしたのかといった記述がない。
他の証明書には「卒業証書」と訳すことが出来る「Diplome」や、「証明書」と訳すことが出来る「Attestation」といった記述があるが、椎名市長のものにはこれらの文言が確認できない。
また、椎名市長は「a obtenu la Maitrise es Sciences Economiques」を「経済学修士を取得した」と説明しているが、他の証明書では「a obtenu la Diplome」あるいは「Diplome de」と明確に卒業証書と分かる様に記述されている。
つまり、椎名市長の書面には日本の卒業証書でいえば「卒業証書」あるいは「学位記」といった表題と、「右の者は所定の課程を修了したので〇〇の学位を授与する」という本文が見当たらないのである。
椎名市長はこれが学位を取得した証明書であると説明しているが、一方で一切の説明なしにこの書面を読めば、その年にパリ第1大学でメトリーズを履修する学生証と理解してもおかしくない。
フランス大使館にオピニオンを求めるのであれば、なぜ「この書面が正式にフランスの大学の修士号を証明するものか」という見解を求めなかったのだろうか。
疑問点2:椎名市長は「修士」なのか
椎名市長が提出したフランス大使館のレターの内容を、更に検証してみたい。
在日フランス大使館大学交流担当官の見解も仰ぎましたところ、1977 年に取得した”Maitrise es Sciences Econorniques” を修士号と訳されたことは正確でございます。フランスの高等教育は、日木の高等教育と同様に、3 つのサイクルに分かれています。
この部分は、「メトリーズ」を「修士」と訳すことが適切かどうかについての見解である。フランスに正式な学位としての修士号=Masterが追加されたのは2002年以降であることはすでに述べたが、当時フランスの大学の課程は次の様になっていた。
フランスの大学の課程 |
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第一課程 | 大学入学後の最初の2年間の課程。 | ||
一般教養教育(DEUG)課程 | 第二課程への進学を前提としている課程。第二課程で行われる専門教育の前段階と考えられている基礎教養教育を行う。 | ||
職業技術教育(DEUST)課程 | 課程修了後就職することを希望する学生を対象とする課程。実質的には短期(2年間)の高等教育課程。 | ||
第二課程 | 第一課程修了後に進む課程。主に第一課程の一般教育(DEUG)課程を修了した学生を対象としている。 | ||
一般教養教育課程 | ○1年目に「リサンス」を取得、2年目に「メトリーズ」を取得する課程。 | ||
<リサンス(LICENCE)取得課程> 専門領域によって理論を中心とする課程と実践的な実習や実験を中心とする課程がある。 <学位取得者:1995年127,198人> |
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<メトリーズ(MAITRISE)取得課程> 制度上「修士」課程であるとされている。課程修了後は大部分の学生が就職するが、就職を有利にするために理工系やビジネス系などの専門高等教育機関や大学第三課程において職業技術教育を受ける場合もある。 <学位取得者:1995年80,833人> |
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職業技術教育課程 | 専攻分野により「専門メトリーズ(MST,MSG,MIAGE)」を取得する2年間連続した課程。理論教育と実際的な職業訓練とが同時に行われる。 | ||
マジステール(MAGISTERE)取得課程 | 第一課程修了を入学資格とする3年間の連続した課程。理論教育と企業での実地訓練や研修などが組み合わされている。取得できる学位は「マジステール」であるが、同時に第三課程学位であるDEAやDESSも取得できる。 | ||
第三課程 | 入学資格は、第2課程修了学位(メトリーズ,MST,MSG,MIAGE)か、これと同様と評価される理工系、ビジネス系専門高等教育機関等の修了学位。 | ||
普通教育(DEA)課程 | 一般に博士学位取得課程に進学し研究者を育成するための1年間の課程。 | ||
職業教育(DESS)課程 | 高度専門的な職業教育を行う1年間の課程。理論学習と最低3ヶ月の実習又は企業研究を組み合わせたものとなっており、課程修了後は主に就職。 | ||
DRT課程 | 普通教育課程(DEA)での基礎的調査研究に関する学習と職業教育課程(DESS)で行われている実際的な職業とを組み合わせた課程。大学に付属して設置されている3年制の職業技術専門高等教育課程(IUP)の卒業者及び理工系専門高等教育機関の卒業者が主な対象。 | ||
博士学位(DOCTRAT)取得課程 | DEA取得者を対象とする最低3年間の課程。大学教授となるためには、博士学位取得課程を経て博士学位を取得することが必要とされている。 |
日本の文部科学省は「メトリーズ」を
制度上「修士」課程とされている
と、カギ括弧付きの「修士」であるとしている。
この表を見れば一目瞭然だが、これを日本の大学の制度に当てはめれば、第1課程2年間と第2課程2年間の4年間が学部卒業相当で、博士学位を取得する第3課程を大学院と見れば、メトリーズは大学院入学資格が得られる課程と説明できるのではないだろうか。
事実、椎名市長は八角議員の質問に対して
「修士論文は書いていない」
と回答している。
椎名市長がメトリーズを取得しているとしても、修士論文を書かず大学4年の課程修了で、日本の選挙公報に注釈なしで「修士」を名乗ることは本当に適切だったのだろうか。
椎名様が学位を取得された1977 年の時点で第2 サイクルを修了した学生に授与されていた学位は確かに”Maitrise” となっておりました。そして、Robert仏和大辞典(小学館)などの仏和辞典にも、”Maitrise” は、「大学の第2 謀程の」という注釈つきで、『修士号』と訳されております。
このレターで具体的に椎名市長が学位を取得していると書かれているのはこの部分だけであるが、椎名市長が何の学位を取ったのかは書かれていない。
当時フランスの大学での正式な学位はLicence(リサンス)=学士とDoctrat(ドクトラ)=博士のみで、椎名市長が取得した学位がリサンスであった可能性は否定出来ない。
仮に椎名市長の書面が1977年10月からメトリーズを取得する学生証であれば、その前年の課程であるリサンスの学位取得は1977年となる。
そして、もしも、フランスの大学でMaitriseを取得している方が、今からフランスの大学に応募申請をされる場合、第2サイクルを修了していることから、第3 サイクルであるDoctorat に登録申請を する条件を満たしています。
椎名市長はこの部分について
「私が行こうと思えば博士課程に行けると書いてある」
と説明したが、この部分の主語は「フランスの大学でMaitriseを取得している方が」となっており、あくまで一般論を述べているに過ぎないことが分かる。椎名市長がメトリーズを取得してるのであれば、主語は「椎名様が」になるのではないだろうか。
3.なぜ椎名市長は「個人台帳登録番号」を「書類番号」と説明したのか。
椎名市長は自ら日本語訳のメモ書きを加えた「証明書」を改めて配布したが、この中に椎名市長が明らかに事実でない訳をした部分がある。
椎名市長はこれを「書類番号」を書いているが、「N°(Numéro) matricule」は「登録番号」と訳すことが出来、実際には「個人台帳登録番号」と考えられる。
これはフランスで個人に付与される13桁の識別番号で、1桁目の「1」は男性を、2〜3桁目の「45」は生まれ年の下2桁、4〜5桁目の「04」は生まれ月、それ以降は出生地の行政区分や同区分内の出生順などを表している。
この個人台帳登録番号は社会保障番号とも呼ばれており、医療機関の受診記録や学位取得の情報などの個人情報も台帳に記録されている。
仮にもフランスの大学を卒業した人物がこのことを知らないとは極めて考えにい。
椎名市長がこの番号を明らかに事実と異なる「書類番号」と説明したことに、どの様な意図があるのだろうか。
「ないことの証明」は不可能
椎名市長は
「信用しない人に何を言っても無駄。私はこの書面を出したのだからそれ以上説明する責任はない。だから(山武)ジャーナルには回答しなかった」
と答弁した。
また
「(山武)ジャーナルが一方的に事実無根の学歴詐称という折り込みを配布した。これは事件である」
との見解を示したが、山武ジャーナルは折り込みを配布するに至るまで椎名市長に対して約1ヶ月の間複数回に渡って事実確認を求めてきた。また、折り込み配布から1ヶ月後にも反証を求める質問状を渡したが、これに対しても回答はなかった。
椎名市長は「私がパリ大学を出ていないというなら証明しろ」という論法を展開したが、この件に限らず「ないこと」の証明をするのは不可能である。
「宇宙人」の存在について考えた場合、「宇宙人がいないこと」を証明することは不可能である。しかし「宇宙人がいないのを証明できない」ことをもって「宇宙人がいる」といえるだろうか。
「宇宙人がいる」というのであれば、「宇宙人がいること」の証明が必要である。
では、「宇宙人がいる」ことを証明する根拠として示された写真に疑義が生じた場合、証明する側の反証は不要なのだろうか。
同じように、椎名市長が「パリ大学政経人文学部卒業(経済学修士)でないこと」を証明するのは不可能である。
山武ジャーナルは椎名市長が「これ以上説明する必要がない」とする「証明書」の疑問点と、当時のフランスの学位制度と整合性が取れない点を指摘し、説明を求めたが、椎名市長はそれらに対する説明を拒絶した。
椎名市長は最初の報道から3ヶ月経って初めて公の場で反証を行ったが、これについても前述の通りいくつかの疑問点が残る。しかしながら、「ないことの証明」は不可能であり、これらの疑問点についても椎名市長が「信用しない人にはそれ以上説明する必要はない」というスタンスである以上、現時点ではこの場で疑問点として指摘するに留めるほかはない。
「学歴詐称」に対する椎名市長の見解
椎名市長は
「メトリーズが修士であることは間違いない。修士なのに修士と書かなければ反対の意味で学歴詐称になるから、選挙公報と選挙チラシに『経済学修士』と書いた」
と答弁した。
それならば、「パリ大学1経済学部卒業」としか書かれていない山武市のHPは「詐称」ということになろう。
この問題について、百条委員会設置の採決は議会最終日12月12日に行われる。
百条委員会が設置されれば、強力な権限で前述の個人台帳登録番号を元にフランス国に対して椎名市長の学歴情報の開示を求めることができるので、現時点で指摘した全ての疑問点は払拭されると考えられるが、そうでなければ椎名市長が翌年4月の市長選不出馬を表明したことも含め、幕引きは後味の悪いものになるだろう。
(11月30日八角公二個人質問を参照)