【オピニオン】椎名市長への手紙

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椎名千収山武市長様

6月12日に山武市議会を傍聴いたしましたが、椎名市長のご発言があまりに衝撃的だったので筆を執らせていただきます。

まず初めに驚いたのが、山武市の人口減少に対する椎名市長のご見解です。

椎名市長は「少子高齢化・人口減少は山武市だけの問題でなく、日本民族全体の問題」とおっしゃいましたが、実際にはどうなのでしょう。

山武市は平成18年に合併しましたが、合併当時と今の人口を近隣の市制自治体と比較してみました。

自治体名 平成18年4月人口 平成29年5月人口 増減 増減率
山武市 60,143 53,050 -7,093 -11.79%
東金市 60,256 60,148 -113 -0.19%
大網白里市 50,448 50,038 -410 -0.81%
八街市 76,029 71,517 -4,512 -5.93%
富里市 51,439 50,104 -1,335 -2.60%

こうして比べてみると、山武市の人口減少率は突出していますね。

日本全体でみても、平成18年と比較して現在までの人口減少率はわずか0.8%程度です。

それに、椎名市長は少子高齢化が人口減少の要因だというご見解のようですが、高齢化は長生きする人が増える=亡くなる人が少なくなることですので、わずか11年の間に12%もの人口が減少する理由にはなりません。

少子化=出生率の低下は人口減少の要因になると思いますが、もしそうだとすると近隣の自治体と比べて山武市の人口減少だけが突出するのは不自然です。

つまり、山武市の人口減少の主な原因は、住民が市外へ越してしまう転出超過であることは明白です。

にも関わらず、椎名市長は人口減少に対して具体的な施策は何もないとご答弁されました。

人口が減少すればその分市全体の経済活動が縮小し、その結果税収が低下します。税収が低下すれば福祉などの市民サービスの質の低下を招きます。

そんなことはパリ大学の経済学部をご卒業された椎名市長なら、私などに指摘されなくても分かりきっているはずだと思いますが、合併以来11年間も市長の座につきながらなぜ今まで具体的な施策を打ってこられなかったのでしょうか。

椎名市長は「他の自治体と人口の奪い合いになる施策はしたくない」とご答弁されていますが、現実として他の自治体はそれぞれ様々な施策で人口減少に歯止めをかけようと努力しています。

山武市だけが何もしなければ、市長のお言葉をお借りすると山武市だけが一方的に人口を奪われ、その結果市経済が衰退し、最終的に私たち市民が不利益を被ることに繋がります。

椎名市長は平成27年に共同通信が全国の自治体の首長に行った人口減少についてのアンケートに、千葉県内の首長でただ一人お答えにならなかったそうですが、山武市の人口減少に対して何の危機感もお持ちではないのでしょうか。

次に私が驚いたのは、成東駅北口のあり方についての椎名市長のお考えです。

山武市の玄関口とも言えるJR成東駅の北口は、改札口は愚か道路すら整備されていません。

椎名市長は成東駅北口について「葦の林を抜ける風も心地よく、オオヨシキリの鳴く素晴らしい場所」というご答弁をされました。

私は今まで成東駅の北口は駅のホームや成東中学校あたりから遠巻きにしか見たことがなかったので、これを機会に実際に足を運んでみました。

すると、そこには広がっていたのは椎名市長がおっしゃるものとはずいぶん違った光景でした。

ようやく見つけた農道を分け入ってみましたが、これはどう見てもただの耕作放棄地ではないでしょうか。

オオヨシキリかは知りませんが、確かに鳥は鳴いていましたよ。

でも、駅前の風景としてこの荒れ果てた耕作放棄地を良いと感じる人が、一体どの位いるのでしょう。

椎名市長は山武市合併前の成東町でも町長を3期もお勤めになられていますが、その間も含めて延べ30年近く、成東駅北口をどの様に活用したら良いのか全く考えて来なかったのですね。

 

私が尊敬する吉田松陰は、この様な言葉を残しています。

夢なき者に理想なし

理想なき者に計画なし

計画なき者に実行なし

実行なき者に成功なし

故に、夢なき者に成功なし

人口減少に対しても無策。成東駅北口の活用についても無策。

椎名市長は正に、夢なき者、理想なき者、計画なき者、実行なき者そのものではないでしょうか。

そのような方が、なぜいつまでも市長の座に留まり続けようとするのでしょう。

夢なき者に成功はありません。夢なき市長の元で山武市の繁栄もありません。

 

ある市民の方が、椎名市長の多選についてこんなことを仰っていました。

「椎名市長は何もやらない。何もやらなければ失策もない。だから椎名市長は長続きしているんだ」

でも、私はそれは大きな間違いだと思います。

山武市の行政を預かる者として、市長は市民の生活の質を維持・向上させるために最大限の努力をする責務があるはずです。

その市長が人口現象に対して何ら策を講じようとせず、また市の玄関口である成東駅北口を活用せずに何十年も荒れ地のまま放置するのは、市長としての責務の放棄です。

これは、やるべきことをやらない責任=「不作為の責任」です。

何もしなければ確かに失策はないのかもしれませんが、「不作為の責任」を免れることは出来ないのです。

 

椎名市長の任期は平成30年4月まであと1年近く残っていますが、そんなことは気にせずに何卒1日も早くご勇退下さいますようお願い申し上げます。

あなたがその椅子に座り続ければ続けるほど、山武市は衰退の一途であることにどうかお気づきください。

 

【オピニオン】定数割れが常態の山武市教委・山武市は自ら定めた条例を守れ

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平成29年第1回山武市議会定例会において、元千葉県教育長の清水新次氏を山武市教育委員に任命する人事案が可決された。

平成27年10月21日に1名の委員が辞任して以来、1年4ヶ月に渡り1名欠員の状態が続いていた山武市教育委員は、これでようやく定員を満たすこととなった。

ところが、その翌月3月23日の教育委員会会議において、1名の委員が辞任する議案が同意された。人事案件については秘密会で審議されるため、この時点で辞任した委員が誰かは公表されず、

山武市教委に取材を試みても、

「4月になれば分かると思います。」

との回答しか得られなかった。

教育委員会は「地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)」によって、各地方自治体が設置する独立行政委員会で、委員会を構成する教育員の定員は同法によって次のように定められている。

第三条  教育委員会は、教育長及び四人の委員をもつて組織する。ただし、条例で定めるところにより、都道府県若しくは市又は地方公共団体の組合のうち都道府県若しくは市が加入するものの教育委員会にあつては教育長及び五人以上の委員、町村又は地方公共団体の組合のうち町村のみが加入するものの教育委員会にあつては教育長及び二人以上の委員をもつて組織することができる。

現在山武市教育委員の定員は教育長+5名で、地教行法の定めより1名多い定員は、次の山武市教育委員会委員定数条例によって定められたものである。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号)第3条ただし書の規定により、山武市教育委員会は、5人の委員をもって組織する。

この条例に定数を1名加えることの意義は明記されていないが、「教育委員は4人ではなくて5人必要」と認めた何らかの理由があったからこそ条例を定めたのではないだろうか。しかし、山武市は自ら定めた教育委員の定数を、欠員のまま1年4ヶ月是正することが出来なかった。そして、ようやく清水委員が就任したのも束の間、翌月には再び別の委員が辞任し、1年半もの間定員割れが「常態」となっている。

教育委員が欠員状態となった期間、山武市教育委員会は議決前の小中学校統廃合案パンフレットを印刷して市内全戸に配布し、このことを議会で追及され教育長が陳謝するという通常では考えられない失態を犯している。

また、この期間に教育委員会が議決した小中学校統廃合計画について、平成28年第3回山武市議会本会議において、

「条例を遵守して速やかに後任を充てるべき立場にある市長と教育長が、条例に違反する状態を続けて進めた小中学校統廃合計画には瑕疵があるのではないか。」

との指摘がなされたが、それに対して椎名千収山武市長は、

「勉強させて頂きたいと思います。」

と、明確な答弁が出来なかった。

山武ジャーナルが改めて取材したところ、辞任したのは平成27年まで教育委員長を務めた五木田委員であったことを確認した。

五木田委員は平成28年4月に再任されたばかりで、任期は平成32年までとなっていたが、わずか1年で辞任した理由については明らかにならなかった。

あくまで推論であるが、平成28年までの任期であった五木田氏が再任されていなければ、山武市教育委員会は地教行法で定められた定員の4名すら維持できない状態となるため、新たな委員が任命されるまでの条件で慰留されていた可能性を指摘しておく。

地方公共団体の公教育を担う教育委員会は、教育の公正中立性を確保し、子供の学習期間中一貫した教育方針で安定的に行われるよう首長から独立し、住民による意思決定=レイマン・コントロールで広く住民の意向を踏まえて行われるべきものである。

しかし、現状山武市教育委員会は、形ばかりの学校説明会で反対住民の意見を封殺に近い形で聞き入れず、椎名市長の強い意向を受けて立案された小中学校統廃合計画を推し進めている。多くの住民がこの計画に異論を唱える中で、敢えて火中の栗を拾う様に教育委員を引き受ける人物が今後現れるのかどうか

教育委員の任命者は市長であるから、椎名市長が今後も欠員となっている教育委員を任命できず、あるいは1名増員を定めた条例の廃止も出来ないのであれば、山武市で3期、合併前の成東町時代の3期を加えれば通算6期となる超多選椎名市政の限界が、そろそろ見え始めて来るのではないだろうか。

【オピニオン】「ニセ科学」信奉者は教育長をやってはいけない【山武市嘉瀬教育長】

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トップスライドショウ水からの伝言

山武ジャーナルではこれまで嘉瀬尚男山武市教育長が「波動水」の販売に関与している問題を様々な角度から批判してきたが、その中で「水を売って何が悪いのか」「高くても買う人がいるのなら問題ないのではないか」といった反論も少なからず寄せられている。

そういった反論に応える意味も含め、ここで改めてなぜ嘉瀬尚男氏が教育長として相応しくないかについて整理したい。

「波動の世界にいる自分」とは?

嘉瀬教育長はこれまで自身に都合の悪い事実を指摘される度にWEBサイトやインターネット上の記述を削除してきたが、本日現在自身のブログ「カネスエのブログ」がインターネット上に存在している。「カネスエ」とは嘉瀬氏が平成26年まで代表を務め、現在は妻が代表を務めている企業であり、ブログ記事には嘉瀬氏自身の写真もアップされていることから嘉瀬氏自身のものであることに疑いない。

やあ~、久しぶりだなー。

ブログを書くのって、向いてないかも(´・ω・`)

つい気負いすぎて・・・書き損ねてしまう・・・  ←言い訳?(笑)

今年もあっという間に過ぎてしまい、2012年はどんな年だったのか振り返って見ます。

ん、ん、ん---前半の記憶があまり出てこないなぁ(・_・;)

とりあえず、今年のトピックを思いつくまま
7月から市の教育委員になったんですよね。 なんで私が??ってな感じでしたが受けることに!!

いじめ自殺問題が世間を騒がしている時で、教育委員会ってのは・・・・と眉をひそめていた矢先のことだけに複雑でしたが、波動の世界にいる自分に出来ることがあるのかもしれない! で、飛び込んじゃった。

長くなるので 詳しくは別の機会に

カネスエのブログ 2012年の記憶 2012年の記憶(WEB魚拓) より引用

嘉瀬氏は「2012年の記憶」として、自身が山武市の教育委員になった時の心境をこの様に述べており、当時教育委員になった動機が「波動の世界にいる自分に出来ることがあるのかもしれない!」と考えてのことだったとわかる。

「波動」についてはこれまで山武ジャーナルでも嘉瀬氏が21,000円の波動水の販売や、潜在意識リーディング協会の認定オペレーターであることなどを問題視してきたが、ここで嘉瀬氏本人がいうところの「波動の世界」についてブログの記述を元にもう少し掘り下げてみる。

先日、新宿ワシントンホテルにて ㈱IHMさんの創立25周年記念パーティーに出席してきました。

私が波動リーディングを始めたきっかけは、IHMさんの波動塾に参加したことでしたので 会場の入り口でみな

さんを出迎えていた江本先生には感謝の気持ちを込めてお祝いをのべさせて頂きました。

会場にはIHMの月刊誌に記事を連載されていた先生方も多くいらしていて、近くでお目にかかれただけで嬉しい時間を過ごしました。

そしてパーティーでの食事も美味しく、車で行った私はアルコール類は飲めないので食べ過ぎるほど沢山いただきました。

今年は初めて波動塾の講師をさせて頂き あらためて波動の理解を確認する時間をいただきました。

来年の予定もあるようなのでこれからもお手伝いさせて頂きたいと思います。

カネスエのブログ 新宿へ 新宿へ(WEB魚拓) より引用

ここで嘉勢氏は「波動リーディングを始めたきっかけは、IHMさんの波動塾に参加したこと」と述べている。

(株)IHMの波動塾がどのようなものか、同社のオフィシャルブログにその様子がアップされている。

I.H.M WORLD 波動塾基礎講座 vol.1 後編 レポート WEB魚拓

これは2011年10月に開催された波動塾だが、教育委員になる前の嘉瀬氏が「HADO-R」なる機器のオペレーターとして講義を行ったことが確認できる。

株式会社アイ・エイチ・エムオフィシャルブログ「I.H.M WORLD」より引用

「HADO-Rオペレーター嘉瀬尚男先生の講義です。」 株式会社アイ・エイチ・エムオフィシャルブログ「I.H.M WORLD」より引用

江本勝「水からの伝言」は、学会も警鐘を鳴らす「ニセ科学」

嘉瀬氏が「波動の世界にいる自分」とまで言い切る「波動」の世界とはどのようなものか。

嘉瀬氏が「波動」の世界に入るきっかけとなった(株)IHMの前代表である江本勝氏(1943年7月22日 – 2014年10月17日:享年71歳)は、自身の著書「水からの伝言」などで、「水によい言葉を見せるときれいな結晶ができ、悪い言葉を見せると結晶ができない」という説を唱えている。

1999年に初版が発行されたこの「水からの伝言」は、「世界初!!水の結晶写真集」と銘打たれている通り、多数の美しい氷の結晶の写真が掲載されており、自費出版ながらかなりの部数が販売されたという。

確かに写真そのものは大変美しいと認められるが、そこにある解説文については首を傾げるものばかりである。

日本各地の水道水については、大阪の交野市の水道水で結晶ができたのは水源が地下水だから、品川区の水道水は結晶ができないので良くないたといった解説が付け加えられている。また、クラシックや韓国民謡のアリランを聴かせた水の結晶は美しく、ヘヴィーメタルや日本のヒット曲を聴かせた水は結晶にならない。紙に「ありがとう」「감사함니다」「Thank You」「愛・感謝」「魂」「天使」「マザー・テレサ」といった言葉を書いてボトルに巻きつけた水はきれいな結晶になり、「ばかやろう」「You Fool」「ムカツク・殺す」「鬼」「悪魔」「アドルフ・ヒトラー」だと結晶にならないといった解説が続く。

そして、初めのほうできれいな結晶ができなかった品川区の水道水に「波動情報」を転写するときれいな結晶ができたという記述も見られる。

 

雪の結晶は大気中の細かなチリなどに水蒸気が凝結し、気温や水蒸気量などの条件でさまざまな形状になることは、100年以上前に日本人の中谷宇吉郎氏の研究で明らかにされている。人工的に氷の結晶を作る場合も同様である。

参考サイト:中谷宇吉郎 雪の科学館(石川県加賀市) 雪の結晶(島津製作所)

参考文献:「雪」中谷宇吉郎(青空文庫)

「水からの伝言」には、結晶の撮影方法として「試料水を100個のシャーレに滴下し、冷凍庫に2時間入れておきます。できあがってくる結晶を捕え、顕微鏡を通じ、200〜500倍の倍率で撮影をします。」とあるが、そもそもいかに小さな水滴を落としたとしても水自体が結晶化するわけではなく、結晶ができるとすれば凍った水の一部が核となって冷蔵庫の中の空気中の水分子が結晶化するのだから、湧き水であろうと水道水であろうと関係ない。

まして、品川の水道水に「波動」を転写するときれいな結晶ができるなど、妄言以外の何物でもない。

そもそも、目も耳も脳も持たない単なる「水」が、人間の言葉や音楽を認識して形状を変化させるなどあり得ない。

日本物理学会は「水からの伝言」を、科学らしさを装った「ニセ科学」と断じて警鐘を鳴らしている。(注:山武ジャーナルではこれまで「エセ科学」「疑似科学」といった言葉も使用してきたが、同学会が「『ニセ科学』とどう向き合っていくか?」というシンポジウムを開催していたことから、以降は「ニセ科学」に統一する。)

嘉瀬氏はこの江本勝氏の「波動塾」をきっかけに「波動の世界」に入ったというのであれば、嘉瀬氏が「自分がいる」としている世界は「ニセ科学の世界」ということになる。そして、教育委員になった後も江本勝氏の言説に基づく「潜在意識リーディング協会」の副理事長を務め、「波動プラザカネスエ」で高価な波動水の販売や「認定オペレーター」として波動カウンセリングを行っていた。

嘉瀬氏(中央)と江本勝氏(右) 「カネスエのブログ」より引用

道徳教育に入り込む「ニセ科学」

「ニセ科学」は時に我々の生活に深く入り込んでくる。

古くは占星術や血液型性格診断などもそれらの一つであろう。最近ではマイナスイオン、ゲルマニウムやトルマリンの健康効果、血液サラサラ、ホメオパシー、スカラー波、EM菌、ゲーム脳、デトックスなどがニセ科学と指摘されている代表的なものである。

天体の運行を観測する「天文学」は立派な自然科学であることに間違いはないが、それが人の運勢にどの様に影響を及ぼすかということは科学的に証明されていない。つまり、占星術は「天文学」という「科学」で味付けされた「ニセ科学」であるといえる。

「ニセ科学」の重要なポイントは、「科学らしさ」を装うことに加え、人が「信じたい」あるいは「そうであって欲しい」と思うような結論が示されるということだろう。

テレビの星占いで「さそり座のあなたの運勢は急上昇。ラッキカラーは水色です。」などといわれれば悪い気はしないだろうし、何の根拠もないとわかっていても水色のネクタイを選んでしまうといった経験は誰にでもあるのではないだろうか。

「水からの伝言」でいえば、「湧き水は綺麗で水道水は汚い」「四万十川の水は綺麗で隅田川の水は汚い」「クラシックは良くてヘヴィメタは悪い」「マザー・テレサは良くてヒトラーは悪い」といった、多くの人が持っているであろう先入観や価値観に沿った結論を提示したことによって、それが結果的に「共感」につながり異例のベストセラーとなったと考えられる。

ただ、占星術が殆どの人によって本気で信ずるに値しないものであると認識されているのに対し、江本勝氏によって初めて示された「水からの伝言」は、不幸にも多くの人が「科学的事実」として受け入れてしまった。そして、それが学校教育の現場に深刻な問題を引き起こすこととなった。

TOSS(教育技術法則化運動)という教職員団体が、「水からの伝言」を根拠に「人体の大部分は水で出来ているから、人に悪い言葉を使ってはいけない」という主旨の道徳教材を作製し、これが実際に多くの教育現場で使用されてしまった。また、平成20年には「関東地区女性校長会」が江本氏を講演に招き、その後子供向けに製作された「水からの伝言」の絵本7,000冊が小学校を通じて子供たちに渡ってしまった。

たとえ「他人に対してよい言葉を使おう」という主旨が道徳教育に資するとしても、根拠となる「水からの伝言」が「ニセ科学」であれば、公立校で子供に教える内容として著しく不適切である。

当時各方面からこのような指摘が相次ぎ、テレビのワイドショウ「ミヤネ屋」でも取り上げられる問題となり、現在TOSSのサイトから「水からの伝言」の教材は削除されている。

「痛いテレビ跡地」より引用

「水からの伝言」の教材はTOSSという私的な教師サークルが製作したものだったが、残念ながら文科省が作製した道徳用教材に「江戸しぐさ」という一切歴史的な資料のない捏造歴史が採用されてしまった例もある。

「私たちの道徳 小学校5・6年」より引用

電車やバスの無い時代にこぶし1つ分の場所を開けて人が座れるスペースを作る「こぶしうかせ」が江戸時代の町人のマナーだったという江戸しぐさ。これだけでも眉に唾をつけて聞くべき話であることは理解できるだろう。

江戸しぐさの普及に務める「NPO法人江戸しぐさ」代表の越川禮子氏は、史料が一切残っていないのは明治政府が江戸しぐさ撲滅のために「江戸っ子狩り」という大虐殺を行ったからだという。これは歴史捏造の手法としてしばしばとられる論法である。

「A」という事実があったかどうかを議論する場合、「あった」とする側が証拠を提示するのが原則である。「なかった」証拠を提示することは殆どの場合不可能で、これは「悪魔の証明」とも呼ばれている。

中国による「いわゆる南京大虐殺」や、韓国と朝日新聞による「いわゆる従軍慰安婦」が正にこれと同じ手法で、日本側はつきつけられた「悪魔の証明」にまんまと嵌まり今日に至っている。

また、同NPOのHPには「平成23年度子どもゆめ基金助成事業」「平成22年度子どもゆめ基金助成事業」といった記述が認められ、確認できた限りでは平成23年度の「やってみよう!江戸しぐさ」というコンテンツの制作に、同基金から7,475,000円が交付されている。歴史を捏造して税金あるいはそれに近い性質の助成金をせしめようとするのも、「いわるゆ従軍慰安婦」と全く同じ図式である。

「江戸しぐさ」も「水からの伝言」と同様に、反論するのもバカバカしい与太話なのだが、現代社会のマナーとして好ましいということで多くの人の共感を得てしまい、結果として一部の人間に金銭的な利益を与えると共に、教科書に採用されるまでに至っている。

参考サイト

【著者インタビュー】虚偽で形づくられた「江戸しぐさ」の正体とは

「江戸しぐさ」はやめましょう。:何が問題か。なぜ広がったか。

関連書籍

 

ニセ科学から子供を守れ 〜ニセ科学が狂わせた倖田來未の人生〜

かつてJ-POP界の「歌姫」として頂点を極めていた倖田來未が、10年ほど前にテレビ番組の企画で高校生に授業を行った。

授業の内容は、

「Aのボトルには「すき」と書いて水を入れ、Bのボトルには「きらい」と書いて水を入れ、Aのボトルには毎日「好きやで」と語りかけて後日これを顕微鏡で見ると、Aの方はきれいな結晶ができ、Bの方はアオミドロみたいな汚い結晶ができる。人間の70%は水で出来ているから、芸能人が何できれいになるかというと、今日だって皆んなに「きれい」とか「かわいい」とか言ってもらっているように、普通の人より沢山「きれい」「かわいい」と言ってもらえるから。だから皆んなも自分に対して「ありがとう」といってあげたり、好きな人から「お前のこと愛してる」とか「好きやで」とか「お前が一番かわいい」とか言ってもらったりすると女の子は輝ける。」

という主旨で、江本勝氏の著書「水は答えを知っている」を元に、正に江本氏の言説をそのまま代弁したようなものだった。

この時の授業について、高校生たちの反応は決して悪いものではなかった。

しかし倖田來未はこの授業からおよそ1年半後、自身のラジオ番組での「35歳をまわるとお母さんの羊水が腐ってくるんですよね」という発言が炎上して大バッシングを受け、出演してたCMが放送中止になる事態にまで発展し、芸能活動自粛に追い込まれた。

その後、涙の謝罪会見を経て活動を再開したものの、「堕ちた歌姫」が最盛期の人気を取り戻すことは今日に至るまで叶っていない。

「ニセ科学」という観点からいえば、「水に『すき』と言葉をかけるときれいな結晶ができる」という話も「35歳を過ぎるとお母さんの羊水が腐る」という話も、どちらも同じ根拠の無い「ニセ科学」であるが、なぜ羊水の話だけが問題視されたのか。

そもそも倖田來未のこの発言は、結婚する女性マネージャーに対して「高齢出産はリスクが高くなるので、結婚したら早く子供を作ったほうがよい」というメッセージだったそうだ。

もし、倖田來未が「羊水が腐る」という「ニセ科学」を持ち出さず、素直に「高齢出産は母体へのリスクが高くなるので、早く子供を産んでください」といっていたら、問題視されることはなかったはすである。

倖田來未へのバッシングは「羊水が腐る」という根拠の無い「ニセ科学」を無責任に公共の電波に乗せて発言し、それが多くの人に不快感を持って伝わったことで発生したといえるのではないだろうか。

倖田來未は「ニセ科学」を披露したことにより信用を失い、こうして芸能界での地位を失ったのである。

では、なぜ同じ「ニセ科学」である水の授業は批判を受けなかったのだろうか。

それは前述した通り、多くの人が潜在的に「そうあって欲しい」と思う内容であることから、「水からの伝言」が教育現場に浸透していった様に、積極的な批判が起こりにくかったと考えられる。

この様に書くと「よいニセ科学」と「悪いニセ科学」があるような錯覚に陥るかもしれないが、ポイントはそこではない。

「ニセ科学」を広めることは、程度の差こそあれ確実にその人の信用を低下させることに繋がる。

私たちの周りには霊感商法、代替医療、マルチ商法、インチキ家電、サプリメント、健康食品など、様々な「ニセ科学」が蔓延し、これらが人生をも狂わす悲劇の舞台装置となることも珍しくない。

私たち大人が子供たちに教えなければならないのは、「ニセ科学」を根拠とした薄っぺらい道徳観などではなく、「ニセ科学」を「ニセ科学」と見抜けるリテラシーではないだろうか。

「水は答えを知っている」という「ニセ科学」を恥ずかしげもなくテレビで披露してしまった倖田來未に欠けていたのが正にこれで、「35歳を過ぎると羊水が腐る」という話を「ニセ科学」と判断できずにラジオで話してしまったことが、彼女の人生を狂わせてしまったのである。

子供たちがこれからの長い人生で「ニセ科学」を元にした悪徳商法に騙されて財産を失ったり、逆に自らそれに加担して大事な人間関係を崩壊させてしまったり、根拠の無い代替医療にすがって健康を損ねたり、寿命を縮めてしまうなどといった致命的な失敗を犯さなためにも、学校教育現場に「ニセ科学」を持ち込むことは決して許してはいけないのである。

教育委員会に求められる識見

平成25年の学習指導要領一部改正によって、小中学校で「道徳」が教科に格上げされ、検定教科書が導入されることになった。

小学校での平成30年の完全実施に向け、すでに数社が検定の申請を行ったことが報道されている。

これまで説明した「水からの伝言」「江戸しぐさ」という「ニセ科学」が道徳教育として学校教育の現場に入り込んでいった経緯を踏まえれば、同じ様に新しい教科書に何らかの「ニセ科学」が採用されてしまう可能性は決して否定出来ない。さらにいえば、自ら制作した教材に「江戸しぐさ」を採用してしまった文科省の検定も、「ニセ科学」を排除する機能を発揮しない可能性も同様である。

万が一、「ニセ科学」を含む道徳の教科書が検定を通過してしまったとしたとき、最も手前で教育現場に入り込むのを阻止できるのが、教科書の採択権を持つ各市町村の教育委員会なのである。

この様に教育委員会が子供たちの教育に対する責任は大変重く、そのため教育委員は地教行法で「人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもの」であることが求められている。

その教育委員の代表たる教育長が、「波動水」という「ニセ科学」を広める立場の嘉瀬尚男氏であるということは、看過してよい問題ではないのである。

「ニセ科学」の信奉者で伝道者でもある嘉瀬氏が教育長であるかぎり、山武市の教育行政が市民の信頼を得ることは不可能ではないだろうか。

そして、このような人物を教育長に据えた椎名市長の責任もまた、今後厳しく問われるべきものである。

山武ジャーナルは何よりも毎日学校に通う子供たちのため、山武市の教育行政が一日も早く市民の信頼を得るに値するものに生まれ変わることを願い、今後も追及を続けていく。

【オピニオン】リオ五輪が始まったので、山武市の五輪キャンプ招致問題を改めて考えてみる

オリパラ2

スリランカは一番安全な国?

「怖いのはゾウさんに踏まれることと蜂に刺されることくらい。現地の人は優しく、スリランカは一番安全な国。」

平成28年7月24日、山武市のスリランカ青少年派遣事業に参加した生徒らを送り出す際の、椎名千収山武市長の発言だ。

五輪基準の練習場も宿泊施設もない山武市が、国の施策である「ホストタウン」に名乗りを上げるための条件は、相手国との事前合意だった。山武市はたまたまスリランカとの太いパイプを持っている市民を探し出し、市長、副市長、議会議長らがスリランカを訪問し、同国と五輪キャンプに関する書簡を交わした。

その際の条件の一つが、山武市からの青少年の派遣事業と、スリランカからの受け入れ事業だった。

日本国外務省の「海外安全ホームページ」によればスリランカの危険度は、大部分の地域が「レベル1」に、北部の一部が「レベル2」に指定されている。

今回の研修旅行で「レベル2」の地域は日程にない。

しかし、「レベル1」といえども、外務省は「その国・地域への渡航,滞在に当たって危険を避けていただくため特別な注意が必要です。」と勧告しており、決して「安全」と言い切ることはできない。

一体、椎名千収山武市長は何を根拠にスリランカを「一番安全な国」と言い切ったのだろうか。

外務省が指摘しているのはゾウや蜂の危険ではない。コロンボにおいても、日本人に対する婦女暴行、詐欺、麻薬、置き引き、窃盗などの被害が報告されている。また、スリランカ人のムスリムがISILの紛争地域で死亡したことが確認され、国内でもISILメンバーあるいはそのシンパによるテロが警戒されている。

この件について山武市のオリ・パラ戦略推進室に対して「スリランカは一番安全な国」という、市長と共通の認識を持っているのか確認したところ、担当者はそうは考えていなかった。

今回の派遣事業はバングラデシュのテロ事件を受け、直前まで中止を含めて様々に検討を重ね、外務省やJICAなどにも意見を聞きながら安全と判断できたため実施したとのことだった。さすが、日本の地方公務員は優秀である。

しかし、めまぐるしく変化する国際情勢で、東京五輪までの4年間で状況がどのように変化するか予想できない。

その際、いかに優秀な公務員が的確な報告をあげようとも、最終判断を下すのは市長である。

スリランカとの合意、あるいは「ホストタウン」認定を受けた国に対するメンツ=特別地方交付税を優先し、市長が「スリランカは一番安全な国」といってしまえば、山武市の青少年派遣事業は実施される。

 

3人のために4億5,000万円?

リオ五輪のスリランカ選手団は9名。うち、フィールド競技は男子やり投げ1名、マラソンが男女各1名の計3名。パラリンピックへの参加は確認できなかった。

東京五輪にどれだけの選手が参加するかは現時点で誰も分からないが、もし今年の五輪と同じ規模の選手団だった場合、成東運動公園を4億5,000万円掛けて全天候型のトラックに改修しても、使う選手はたったの3人ということになる。

この点について山武市オリ・パラ戦略推進室は

「オリンピックだけが改修の目的ではない。各方面から砂地のトラックを改修して欲しいという要望が出ている」

と回答した。

具体的にどこから要望が出ているのかという問いに対しては

「体育協議会と学校」

との事だった。

しかし、体協も学校もいずれも教育委員会の管轄であり、成東運動公園も同じ教育委員会に属するスポーツ振興課の管轄である。

身内の要望に対して身内が「各方面から要望が出ている」というのは、マッチ・ポンプにも程が有るのではないだろうか。

ちなみに、山武市は東京五輪のスリランカ参加選手団を最大25名、随行者を合わせて50名規模と想定している。根拠は不明である。

 

でも、頑張れ!キミコちゃん

リオ五輪女子背泳のスリランカ代表は、キミコ・ラヒームさん。

明らかに日本風の名前だ。しかも、妹もマユミ、マチコと同じく日本風の名前で、やはり同じく水泳選手の様である。

スリランカが大変な親日国であり、かつ戦後のサンフランシスコ講和会議の際に戦勝国による日本の分割統治に異議を唱えてくれた恩人でもあることは以前の記事でも書いたが、実際にこの様な人を見ると日本人としてとても嬉しく誇らしい気持ちになる。

キミコさんがリオ五輪で活躍することを願ってやまない。

そして、4年後の東京五輪にも出場を果たせば、事前キャンプで山武市にも来ることになる。

キミコ・ラヒームさんが来日して、同じ名前の日本人との交流などが始まれば、両国にとって本当に素晴らしいことになるだろう。妹のマユミさんやマチコさんにも是非選手として日本に来て頂きたいものである。

小筆が山武市の五輪招致事業に批判的なのは、決して五輪やスリランカとの交流を否定しているからではない。

だが、五輪を免罪符として不要な税金を使い、利権に与ろうとする一部の不届き者に対しては、常に厳しい目で臨むものである。

【オピニオン】山武市長椎名千収=「市民協働」という皮を被った独裁者【山武市学級崩壊】

椎名千収独裁者

これまで山武ジャーナルは椎名市長の政治姿勢について一貫して厳しい姿勢で臨んできた。

前回のエントリーで小筆が椎名市長に直接その政治姿勢を問いただした顛末を紹介したが、これを基に小中学校統廃合計画と椎名市長についてもう少し掘り下げてみたい。

椎名市長は3期目の当選を果たして最初の議会において、自らの政治姿勢をこのように述べている。

1.市政の最終判断を下すのは市民

2.判断の結果責任は市民に帰する

3.判断を下せる市民には条件があり、それは「知識」と「情報」

そして、これまで椎名市政はこの考え方に沿って進められてきたかの様に見える。

ところが、今回の小中学校統廃合計画の進め方を検証していくなかで、それが「まやかし」であったことが明らかになってきた。

 

山武市教育委員会は

「地域代表者や有識者らによる『あり方検討委員会』へ諮問し、その答申を受け、『基本方針』の【素案】を策定し、市民や保護者の意見を聞いてそれを【成案】とした。」

と説明している。山武市教委は実際にこれらの過程を約3年掛けて行ってきた。

ここまでは上記に示した椎名市長の政治姿勢に沿ったやり方であるといえそうだ。

だが、問題はこの後である。

「基本方針【成案】」を基に「基本計画(案)」を策定した。

というのが教委の説明だが、「方針」が決まってから「計画(案)」の素案が示されるまでの期間があまりに短すぎるのである。

「基本方針【成案】」が教育委員会会議で議決されたのは、平成27年11月25日である。

教育委員会の唯一の意思決定機関は教育委員会会議なので、ここで初めて「基本方針」が教育委員会としての正式に認められたことになる。

山武市小中学校の規模適正化・適正配置基本方針【成案】

かなりのボリュームなので、ここでは1点だけ成東中学校と成東東中学校の例を挙げて基本方針の概要を示す。

方針

成東中学校校舎の建て替えと教科担任制で必要な教員を複数配置できる学級数を確保する ためには、地域性や通学距離を考慮し、2校での統合が望ましいと考えます。

今後の課題

・2校が統合することにより、通学区域が広範囲となり生徒の負担が大きくなります。

・2校が統合することにより既存の学校施設を使用する場合、成東中学校は校舎が老朽化しているため、 建て替えが必要となります。成東東中学校については、校舎を小学校として使用することも検討のひとつとして考えられるため、成東中学校の建て替え時期・建て替え場所、学校位置について保護者や地域住民などと十分な協議が必要となります。

・統合後、使われなくなる学校施設及び跡地の利活用については、地域における防災拠点施設の観点や地域コミュニティの観点からも地域住民と十分な協議が必要となります。

成案32ページ参照

すでにお気づきと思うが、ここには「成東中学校を閉校として成東東中学校を統合中学校とする」という方針は全く示されておらず、成東東中学校については鳴浜、南郷、緑海の3小学校の統合小学校とすることも検討課題となっている。

何より、統合後の学校の位置、使われなくなる設備や跡地については、保護者や地域住民と十分な協議が必要であるとはっきりと示されていることも確認していただきたい。

そしてこれを読む限り、山武市教委はこの「基本方針」に基づき、保護者や地域住民と十分な協議を重ねた上で統廃合の「基本計画」を策定するものだと多くの市民は判断するのではないだろうか。

ところが、その僅か約2週間後の12月11日に開かれた山武市議会全員協議会において教育委員会が議会に対して説明したのはこの「基本方針」ではなく、保護者や地域住民とはおろか教育委員会会議ですら1度も協議されたことのない「計画(案)」の素案だったのである。

そして、この「計画(案)」の素案には、「基本方針」では全く示されていなかった、統合時期と統合後の学校の位置が次のように示されていた。

1)新校の開校:平成35年4月1日に新設校を開校します。

2)統合後の学校の位置:統合後の学校の位置は、地域性や通学距離を考慮し、現成東東中学校を学校位置とします。

先に示した「基本方針」から僅か2週間でこのような具体的な内容が示されるのは通常では考えられない。これは前期計画として統廃合が示されている他の学校も同様であり、八角レポートが指摘していたのは正にこの点だったのである。

そして、その5日後の平成27年12月16日に、この「計画(案)」が初めて教育委員会会議で協議された。

しかも、その議事は「秘密会」とされ、協議内容は公開されていない。

平成27年12月16日教育委員会定例会会議録

さらにその1か月後の平成28年1月20日の教育委員会会議において、「計画(案)」は可決された。

平成28年1月20日教育委員会定例会会議録

つまり、「統合後の学校の位置や、跡地利用については保護者や地域住民と十分な協議が必要」とされた「基本方針」が決まって、その僅か2ヶ月後に初めて市民の前に示された「計画(案)」は、保護者や地域住民との協議など一切行われることなく、成東東中学校を3小学校統合小学校とすることも検討されることもなく、その場で可決されてしまったのである。

この流れを踏まえた上で、もう一度小筆と椎名市長とのやりとりに戻ると、椎名市長は成東中学校閉校の方針は教育委員会の方針ではなく自身の考えであることを明言したが、これは「計画(案)」を椎名市長が教育委員会に対して独裁的な手法で強硬に認めさせたことを物語っている。

その証左として、先に示した平成28年1月20日教育委員会定例会会議録には、驚天動地の議事が記録されている。

「それにあわせまして、 リーフレットをつくりました。カラー刷のもので、学校には15日に持ち込みまして、保護者を経由して全保護者に配っていただきというお願をしてまいりました。区長回覧としまして、18日から全戸配布、回覧で配られているというところでございます。」(8ページ参照)

1月20日の教育委員会会議においてこれから議決しようという「計画(案)」のカラーパンフレットを、すでに全戸配布したという説明がされているのである。

しかも、この民主主義の原則から甚だしく逸脱した事務方のやり方に対して異議を唱える教育委員は一人もおらず、それどころか

高柳委員:「このリーフレットは 配られているんですよね。これを持ってくる形になりますか。」

教育総務課長:「もう全戸配布になっています。その場で、またお渡ししますけれども。」(12ページ参照)

というように、事実上これを追認したともとれる発言すら確認できる。

墨塗りで開示された山武市教育委員の経歴の中で、小筆は少なくとも教員経験のある五木田委員と高柳委員については教育委員としての識見を備えているのではないかと判断していた。

ところが、もしこれが学級会だったらと仮定してみたときに、これから学級会を開いて皆で席替えをしようという時に、一人の生徒が勝手に自分の好きな席に陣取って

「オレはこの場所に決めたから、学級会ではそう決まったことにしろ!」

などと言い張ったとしたら、教員としての五木田委員と高柳委員はどの様な指導をするだろうか。

このような生徒を放置すれば、「クラスのことは学級会で決める」という民主主義のルールを無視して自分の意見を押し通す「独裁者」の存在を認めることとなり、遅かれ早かれそのクラスは学級崩壊を起こすだろう。

民主主義のルールを守らない生徒の指導ができない教員は、教員としての資格はない。

「あり方検討委員会」から約3年掛けて作られた「基本方針」では言及されていない、椎名市長の意向である「成東中学校閉校」が明記された「計画(案)」は、言い換えれば「椎名案」であるともいえるが、教育委員会は議決前の「椎名案」を「教育委員会案」として事務方がカラーリーフレットで全戸配布したことについて何ら指摘もせず追認してしまっているのだから、これは正に上の学級会の例えでいえば教員が「独裁者」の存在を容認したことと同じである。

民主主義のルールを無視した「独裁者」の専横を容認した山武市教育委員会のガバナンスは崩壊しており、その存在価値はすでにない。山武市教育委員会は、行政機関としてはすでに「学級崩壊」の状態にあるのだ。

「市民協働」などという耳障りのよい言葉をチラつかせながら民主主義のルールすら無視する独裁者椎名市長と、何もいわずにそれを容認する墨塗りの教育委員と教育長。

30年後、50年後、あるいは100年後の山武市のあり方に重大な影響をおよぼす小中学校統廃合計画を、果たしてこのような人々に任せて良いものなのだろうか。

この「計画(案)」は市民との十分な協議を行わないまま、平成28年8月には「成案」とするよう教育委員会では着々と協議が進められている。

平成28年3月17日教育委員会第3回定例会

【オリ・パラ】山武市、スリランカ民主社会主義共和国選手団キャンプ受け入れ問題

オリパラ2

山武市は2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックにおいて、スリランカ選手団の事前キャンプ受け入れ地「ホストタウン」に名乗りを上げた。

東京へのオリンピック招致活動は石原慎太郎元都知事が2016年の開催を目指して始められ、それが猪瀬都政にも引き継がれて2020年開催として実を結んだ。

東京招致の謳い文句は

「インフラの整った成熟した都市でのコンパクトな大会」

というものだったはずで、このような表現から小筆などは既存のスポーツ施設や宿泊施設などを有効に活用することで国や自治体の財政支出を抑えるような考え方であると理解していた。

しかし、フタを開けてみると、国立競技場の建設費が2500億円に膨れ上がったことが問題となり、結果的に設計変更が行われたものの、「世界の祭典」という錦の御旗の元に政界のドンが組織委員会に君臨し、巨大利権の絡む構図が徐々に浮き彫りとなってきた。

後に盗用が発覚して白紙撤回された当初のエンブレムの選定過程においても、初めから受賞者が決まっていた出来レースという疑惑もいまだ払拭されていない。

 

山武市のスリランカ選手団招致活動は、平成26年(2014年)頃から、「中野伸二副市長が山武市として6年後のオリンピックに向けて何かできることはないかということで進めている」という記述が市の公文書でも確認でき、同年12月に椎名千収市長、中野伸二副市長らがスリランカに渡ってスリランカ=山武市の2者間での個別交渉によって山武市によるキャンプ受け入れの調印がなされた所から公に進められている事業である。

本来であれば、オリンピック・パラリンピック代表選手団のキャンプ招致にあたっては、各競技連盟が定める水準の競技場や宿泊施設を備えていることが条件となり、それらを持たない山武市が正式に国の定める「ホストタウン」として登録されることは不可能である。しかしこの事前の2者間調印が、その条件を回避するためのいわば「抜け道」としての役割を果たした。

このような経緯で、練習場や宿泊先などの問題を後回しとした「見切り発車」的にスタートした山武市のオリ・パラキャンプ招致事業であるが、当初は「時差や環境に慣れることが目的なので必ずしも専用の競技場は必要でなく、学校の体育館などで十分に対応可能」「身の丈にあった予算で実施する」といった説明であったにも関わらず、ここへ来て成東運動公園整備費用として約4億5000万円、その他ソフト事業(選手の交通費、宿泊費、食費など)として約1億6000万円、計6億1000万円の予算が示され、これには合併前から長年町政・市政を支えてきたベテラン市議なども強く反発している。

 

昭和26年(1951年)に開催されたサンフランシスコ講和会議の際、セイロン(現スリランカ)のジャヤワルダナ代表は演説の中で

「何故アジアの諸国民は、日本は自由であるべきだと切望するのでしょうか。それは我々の日本との永年に亘るかかわり合いの故であり、又アジア諸国民が日本に対して持っていた高い尊敬の故であり、日本がアジア緒国民の中でただ一人強く自由であった時、我々は日本を保護者として又友人として仰いでいた時に、日本に対して抱いていた高い尊敬の為でもあります。」

とし、「憎しみは憎しみによっては止まず、ただ愛によってのみ止む」というブッダの言葉を引用し、日本に対する全ての賠償請求権を放棄し、ソ連が提案する分割統治案に真っ向から反対した。

戦後の日本が連合国による分割統治を免れ、サンフランシスコ講和条約により国際社会へ復帰出来たことについて、我々日本人はスリランカに対してどんなに感謝しても足りないほどの恩があり、また両国の心の通った友好の深さは計り知れない。

そのスリランカとの交流や、日本で開催されるオリンピックへ協力すること自体は大変素晴らしい取り組みである。

しかし、その陰に隠れて国立競技場の様にいつの間にか巨額な財政支出を行ったり、エンブレム問題のように一部の人間が不当に利益を得るようなやり方は許されるものではない。

山武ジャーナルでは、2020年のオリンピック・パラリンピックが誰もが笑顔になるような素晴らしい祭典となるよう、山武市の今後の取り組みについて注視していきたい。

【オピニオン】「市民協働:自治基本条例」の落とし穴

自民党自治基本条例

山武市・蓮沼むらづくり協議会設立準備委員会主催による、市民協働による地域づくり講演会「実践から学ぶ!!地域づくりへのヒント〜市民協働への扉をひらく地域まちづくり協議会〜」が、平成27年1月28日山武市蓮沼スポーツプラザで開催された。講師は関谷昇千葉大学准教授。蓮沼地域だけでなく、市内全域から100名を超える市民が参加し・・・・という記事を書くために当日取材に行ったのだが、講演の内容に明らかな問題点を発見することとなった。

実践から学ぶ!!地域づくりへのヒント〜市民協働への扉をひらく地域まちづくり協議会〜

ここで山武ジャーナルとして関谷昇氏と市民協働=自治基本条例について問題提起をしておきたい。

講演の要旨は

1.まず「地方都市消滅」というショッキングな話題で、市民の危機感を煽る。

2.次に、人口減で自治体サービスの向上が見込めない中、市民と自治体とNPO法人(何故かNPOを押し込んでくる)が「協働」して地域づくりを行う必要があると説く。

3.市民が興味をもつような市民協働による地域づくり事業の実例を幾つか紹介し、市民の関心を高める。

4.そして最後に、市民協働のために自治基本条例の策定が必要であると結ぶ。

というものだった。

確かに話としてはよく出来ている。

ところが、小筆がたまたま「3」で紹介された事例のなかで、クラウドファウンディングの手法で資金を集め、空き家を活用した高齢者の居場所づくりという事業に興味を持ち、手元のスマートフォンで調べてみると、驚いたことにその事業はすでに頓挫していたことが分かった。

質疑応答の際に、

「なぜ失敗した事例をあたかも成功例のように紹介するのか?」

と質問したところ

「『失敗することもある』ということを言いたかった」

と、とても国立大学の准教授の口から出たとは思えない詭弁的な回答に絶句することとなった。

小筆が指摘していなければ失敗例だったことは分からなかったので、これは完全に詐欺的な騙しの話法である。

また、このような騙しが少なくとも一つあれば、他の話も真偽の程をその都度検証しなければならなくなるので、結論としてこのような話をする人物は信用するべきではないということになる。当然このような人物を市民の税金で招いて講演させることも大きな問題である。

「市民協働」を謳う「自治基本条例(まちづくり条例)」は何故危険なのか?

平成27年9月に、茂原市において「まちづくり条例」が可決された。

茂原市が作製したチラシを元に、この条例の問題を整理してみたい。茂原まちづくり条例

まず初めに違和感をおぼえるのが、「市民等」という表記ではないだろうか。

自治基本条例(まちづくり条例)では、その自治体に住民登録のある「市民」の他に、市外からの通勤・通学者、会社や各種団体のとその構成員なども、「市民」を同じ権利を認めるという考え方で策定される。

その「市民等」をまちづくりの主体とし、住民投票の権利まで認めている。

「市民等」「市」「議会」が連携して協働などとあるが、そもそも「市民等」が総体として同じ利害を持っているということがありえない。

市民の中には自営業者も給与所得者も、富裕層も貧困層も、大人も子供も、右翼も左翼も、様々な異なる利害関係と思想を持った人がいる。だから一人一票で選挙をして、多数決で選んだ代表者を選出する。それが民主主義の原則である。様々に異なる市民の利害を、多数決の原理で調整するのが議会の大きな役割の一つである。

しかし、住民投票で市民を直接行政に参加させるという考え方は、議会による調整機能の無効化に繋がる。なぜなら、そこに積極的に参加できる市民は時間的、経済的余裕のある人に限られるからである。

さらに「市民等」には必ずしもその自治体の住民登録が必要でないため、特定の政治的思想を持った政党、団体などが、資金力を背景として組織的に集中的に活動家を配置することも可能である。

例えば、成田空港反対運動の様に、外部から大挙して特定の思想を持った活動家が押し寄せるような事態となった場合、その自治体に「自治基本条例(まちづくり条例)」が制定されていれば、そのような活動家にも「市民等」として自治体の意思決定に関わる住民投票の権利が認められてしまう。

さらに、この「市民等」には外国人も含まれ、外国人に住民投票権を認める「自治基本条例(まちづくり条例)」そのものが、選挙権が国民固有の権利と定めた日本国憲法に反するとの指摘が年を追うごとに根強くなっている。

山武市の自治基本条例策定は凍結

当初は自治基本条例策定を目指していた山武市だが、議会の賛同を得られる見込みがなく、その議論は凍結された状態となっている。

しかし、一方で山武市は「地域まちづくり協議会」の発足を推進しており、平成28年に公募した「地域まちづくり支援員」では、日本語、英語、シンハラ語の語学スキルが応募条件となっている。

山武市、地域まちづくり支援員公募条件に「シンハラ語」?

【シンハラ語必須】山武市地域まちづくり支援員、募集要項消える

地域のまちづくり支援に外国語のスキルを求めることからも、山武市が推進する「まちづくり」には自治基本条例の考え方と同様、地域のまちづくりに外国人の参加を促進する意図があるのではないだろうか。

また、何故かNPO法人の参加が促されているようなことはないだろうか。

市内各地でまちづくり協議会、あるいはその発足に尽力されている住民の方々におかれては、あとあと当初イメージしてたものと違ったものになってしまったということにならないようご注意いただき、本当の意味で地域住民のためのまちづくり協議会となる様心から祈念したい。

参考資料:自民党政策パンフレット「チョット待て!!”自治基本条例”~つくるべきかどうか、もう一度考えよう~